花火色の世界
「で、何か質問はあるか?」
男は、タバコをふかしながら、そう尋ねてきた。サングラス越しだが、こちらを野獣のような目つきで睨んでいるのを感じる。
ヒューッ、と甲高い音を立て、上空で大きな花火が開いた。
学生時代の頃から、先生に「何か質問はありますか?」と訊かれる度、「ああ!早く何か質問しなきゃ!」と一人アタフタしていたのを思い出す。
「質問もできないなんて,,,」と相手を失望させるのではないか?
「何の質問もしないってことは、要するに、お前は全て完璧に分かったってことなんだな。本当に分かってるのか?おい、本当か?」と問い詰められるのではないか?
そんなことを考え出すと、不安と恐怖で、居ても立ってもいられなくなり、目を皿のようにして、血眼になって疑問点を探し出す。「おい僕!本当に何か質問するべきことはないのか?大丈夫か?」と。
「あの,,,」
「なんだ?」男のサングラスが鋭く光ったような気がする。
「それで、僕は警察に捕まったりはしないんですか?」
上空で大きな音を立て、男の顔や周りの景色が、花火色に染まった。
フーっと、男は煙を口から吐き出す。「問題ない。お前が契約通り、隠し通すことが出来ればの話だがな」
「契約って,,,」そんなこと言っても、そもそも、これは本来の仕事内容じゃないし、それに、強引に前金として10万円を渡されただけじゃないか!と、あやうく声に出しかけたが、寸前のところで止めた。スキンヘッドにサングラス、筋骨隆々で口髭を生やした男に、そんな事を言おうものなら、自分の身がどうなるものか分からない。僕にだって、それくらいの分別はある。
「簡単だって。難しく考えすぎだ」と男は不敵に笑った。「今から1時間、お前は、この死体を隠すだけでいいんだ。それだけでお前は報酬として200万円を手にする。こんなうまい話が他にあるか?」
恐る恐る「この死体」に目を向ける。暗がりでよく見えないが、若い男のようだ。ダラリと芝生に横たわっている。この男の仲間だったのだろうか?裏切り?女の取り合い?原因は分からない。腹部に薄手のシャツをかけられ、まるで、ただ眠っているようにも見える。
友人から教えてもらって「なんでも屋」を始めてみたが、まさかこんな依頼を自分が受けることになるなんて、夢にも思わなかった。
「で、隠す方法も教えてやったろうが。いいか?花火が上がってる間、周りの奴らは上を見てる。横たわって寝てる男に興味を示す奴なんかいやしねえよ。花火大会が終わる前に、俺が仲間を引き連れて死体を引き取りに来る。お前は隠すというより、ただ見守ってればいいだけだ。いいな?」
今更「嫌です」とは言えない。死体の事を知ってしまったのだから。無事にすむわけがない。いや、たとえ上手く隠しきったとしても、、、。みぞおちの辺りがキリキリ痛み出す。
「大丈夫だ。お前を殺したりしねえよ。死体処理すんのも楽じゃねえんだ。その代わり、もしお前が口を滑らせるようなことがあったら、その時はどうなるか分からねえがな」
そういって、男は僕と死体を置いて去っていった。
本当に戻ってくるのだろうか?信じていいのか?という疑問が幾つも幾つも頭に浮かんでくる。
そもそも、最初から僕に罪をなすりつけるつもりだったんじゃないか?そういえば、僕は、あの男の素性も知らないのだ。
「肝心なときに、お前はミスするからねぇ」と心配そうに見つめる祖母の顔を思い出した。バスケの試合でミスした時、大切な期末テストで赤点を取り母親にきつく怒られた時、祖母はいつも「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と呪文のように呟きながら背中を撫でてくれた。
僕が置かれている状況なんかお構いなしに、花火が上がる。
周りの景色と一緒に、死体が赤く照らし出された。
昔みた映画の一場面のようだった。詳しい内容は覚えていないが、その作品が放つメッセージが、今も胸に残っていることに気付く。
「そろそろいいか?」
いつだって、彼は、音もなく現れる。
「俺だって暇じゃないんでな。お前にばかり構ってる余裕はないんだ」
死神は、花火が打ち上がる度、空を見上げ、「おぉ、、、」とウットリした顔をする。
「で、どうだった?少しは楽しめたか?残された時間ってやつを」
「、、、スリル満点だったよ」
「そりゃあ良かった。怖さも不安も、生きてるからこそ味わえるもんだ。”あっち“に帰ったら、そんなもん味わいたくても味わえないからな」
大きな花火が上がる。「おおっ」とウットリ顔の死神が、青や赤に染まる。
「この人は、もう”あっち“に帰ったの?」死体をチラリと見る。
「ああ、あっさり帰ってったよ。誰かさんみたいに、この世に未練なんざ無かったようだな」
死神が僕の目の前に現れたのは、一週間前の事だった。
大学を卒業したものの、就職活動が上手くいかず、自信を失い、家に引きこもり、ろくに家族とも会話しなくなった僕にとって、久しぶりの話し相手だった。
「あと一週間で、お前は死ぬ」何の躊躇いもなく、彼はそう言った。
「“あっち”に帰る間際になって『生きてる内にもっと~しておけば良かったー!』なんて言う野郎が多くてな。本当は死期なんて教えちゃいけねぇんだが。そんな野郎を見るのは、何とも嫌な気分になるからな。死神にも良心ってものがあるんだ」
そう言って、本棚に飾ってあるガンダムのプラモデルを興味深げに眺めていた。
「で?どうなんだ?」
「、、、何が?」
「お前は、その人生でやり残したことはないのか?」
花火が連続で打ち上がった。真っ暗な夜の世界が、色とりどりに照らし出されている。
「そんで、実際働いてみて、どうだった?満足したか?死ぬ前に、一度は社会に出て働いてみたかったんだろ」
「、、、驚きの仕事内容だったよ。まさかこんな仕事があるなんて夢にも思ってなかった」
引きこもりが簡単に仕事を見つけられるはずもなく、友人に相談したら「ネットで、『何でも屋』をしてみろよ」と言われた。「文字通り何でもする仕事だ。便利屋とも言うけどな。今の時代、そうやって飯を食ってる奴だっているんだぜ」
そうして、友達のアドバイスに従い、フランチャイズというものを利用して、僕は「何でも屋」を開業した。
久しぶりに部屋から出てきた息子が「仕事始めたいんだけど、少しお金が必要なんだ」と言ったとき、両親は怒るどころか喜んでお金を貸してくれた。それだけ心配させていたのかもしれない。小さな針で刺されたように胸が痛んだ。
タイミングよく舞い込んだ依頼が、死体を見守る仕事だと知ったら、両親はどんな顔をするだろう。「はぁ、、、まったく、お前という奴は、、、」と呆れてしまうだろうか。
「花火も、もうクライマックスだな」名残惜しそうに、死神が呟く。
花火は、様々な色を、まわりに撒き散らして、一瞬で散る。
『人の一生も、あの花火みたいなもんだ』と、あの映画の主人公は、空を見上げて呟いた。
同感だ。でも、そんなに綺麗なもんじゃない。これから自分は死ぬんだと考えると、どうしようもない恐怖心が、身体の奥の奥の方から湧き出てくる。
次第に、身体に力が入らなくなる。
心臓が、ゆっくりと、その動きを止めようとしているのが分かる。
死神に「あと一週間で死ぬ」と言われてもピンとこなかった。他人事の様に感じていた。
「死」の間際にして、僕は、ようやく「自分が死ぬ」ことを思い知ったのだ。
内臓が、グルングルン、ひっくり返ったようになり、胃の中の物を、すべて吐き出した。
自分はいつ死んでもいいと思っていた。
死んだらどれだけ楽になるだろうとも思っていた。
こんなにも、死が怖いものだとは、思わなかった。
「ちっ、まったく、仕様がねぇなぁ」死神は面倒くさそうに、頭を掻いた。「よぉ、やっぱり、あんたが必要みたいだぜ」
パシャン、、、と、どこか遠くで、何かが弾ける音がした。静かな、穏やかな風が、身体に当たった。
震える僕の背中を、誰かが優しく撫でてくれるのを感じる。その瞬間、懐かしい感覚が身体中を包み込んだ。
『だいじょうぶ。だいじょうぶ』
身体が光に包まれ、色々なものから解き放たれて、段々と、自分が軽くなっていくのを感じる。世界に、宇宙に、ゆっくりと、自分が溶け込んでいくような、そんな感覚があった。
「あの坊主頭のサングラス野郎、驚くかもしれねぇな。なんせ死体が1体増えたんだからよ」
甲高く響く声で、死神が笑う。
「悪いな、婆さん。助かったぜ」
『この子の身体、そのまま放ったらかしてたりしたら、承知しないからね』
「分かってるよ。冗談だ。ちゃんと最後まで面倒みるって」
『そっちの子の身体もだよ』
「ええっ!?そりゃねぇぜ!こいつは俺の担当じゃねえのに、、、」
『なんか言ったかい?』
「、、、うぅ、分かったよ!やりゃあいいんだろ!やりゃあ!ったく、仕様がねぇなぁ、、、」
最期の瞬間、僕が見た世界は、彩り豊かな花火色に染まっていた。
「おお、、、」と誰かがウットリ呟く声が、どこか遠くの方から聞こえてきた。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今日も、みんなのフォトギャラリーからピンときた写真を選ばせていただき、短い物語を書いてみました。
今回は、komatam52nzさんの写真をヒントにさせていただきました。ありがとうございます。
書き進めていくうち、最初に考えていた結末と全く違った物語になりました。
自分と向き合いながら物語を書いていく作業は、僕にとって、とても大切な時間になっています。
今日も、すべてに、ありがとう✨
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