見出し画像

【小説】タコの足はなぜ8本なのか

「これを勉強して、何の役に立つのですか?」

高校の数学の授業で、
先生の
「質問はありますか?」
に対して、真っ直ぐ手を上げて、真っ直ぐ尋ねたクラスメイトの言葉だった。

複素数の授業だった。
先生は、ただ時間を埋めるだけの回答を言ったけれど、
誰も納得をしていなかったように思う。
ただ、これ以上突き詰めても、何も出てこない。
そんな、どん詰まり感が、先生も生徒もひっくるめたクラス全体に漂って、皆んなが諦めて、あれは終了した。


--
その後、僕は大学に進学し、卒業して3年、今は26歳になった。

ごくごく平凡な会社員になった。
月〜金、一日8時間労働、時々残業あり。
スーツに身を包んで出社し、
パソコンをカチャカチャ、
ミーティングでガヤガヤ、
取引先にペコペコ、
あれやこれやとしているうちに
あっと言う間に一日が終わる。

「そろそろ忘年会の季節だなぁ。」
忖度を前提とした課長の声を皮切りに、
新入社員が、着々と準備を進め、
来週の木曜日に、忘年会が開催されることになっていた。

僕は入社以来、飲み会には全部参加してきた。
飲み会を断る理由については説明しないといけないけれど、
飲み会に参加する理由については説明しなくてもいい。
と、思い込んでるのは、もしかしたら僕だけかもしれないけれど。

ワーキングマザーの主任は、保育園のお迎え時間にせき立てられていつも退社するから、飲み会には参加しない。
言わずもがな、不参加の理由は皆んな了解済だ。

僕の係の係長、
この人は40代で、
プライベートについてはよく知らないが、普通の人だ。
けれど、係長は、飲み会話が回ってくるといつも、
「不参加で。」
の一言で却下してしまう。

この二人以外のその他大勢は、
なんだかんだで大概、参加する。

下っ端の僕は、不参加の理由を説明しないと
不参加の枠に入れない、
と弱気に構えながら、
結局、不参加の理由を考えることが面倒くさくなり、思考停止して、
何となく飲み会に参加し続けている。

飲み会では、
役職者の乾杯の音頭を聞いたり、
誰かのグラスが半分以下になったら「どうぞどうぞ」とせせこましくビールを注ぎまくったり、
酔っ払いの演説をニコニコしながら聞いたり、
会計をしたり、
仕事とあまり変わらないことをしている。

最近の僕はちょっと疲れていた。
新入社員が今年からうちの課に来て、僕に代わって幹事をしてくれていて、
さらに、来週の木曜日、と日がすでに固定されていたのも良かった。

「忘年会の日はちょっと予定がありまして、申し訳ないのですが、不参加でお願いします。」
初めて断ってみた。

忘年会の日、僕は、取引先との打ち合わせから直帰して、自宅でいつも通りの簡単な自炊飯をひとりで食べた。

スマホに通知が光る。
大学時代に住んでいたアパートの住人からだった。
ポップ通知には、
「タコの足はなぜ8本なのか?」
とあった。


---
僕は、大学時代、金がなかった。
親は、
「義務教育が終わったら、後は自分の好きに生きたらいい。」
と、物心ついたころからずっと言っていた。
楽観的で放任主義な人たちだった。
とはいえ、高校の学費は出してくれた。
僕が、大学に行きたい、と言ったら、
「好きに生きなさい。」
と、にっこりとして、金を出してはくれなかった。
僕は奨学金とバイト代だけで、学費と生活費を工面していたから、本当に金が無かった。



大学は、自宅から通えない距離だったので、
学生用のアパートに住んだ。
家賃は月2万、その辺の相場と比べると破格だった。
6畳一間、
トイレ、台所、シャワー室は共有、近くに銭湯あり。
大家さんは、"学生"という存在が多分好きだったのだろう、寛容な人だった。
何回かやむをえず家賃を滞納したことがあったけれど、事情を聞かれて説明をすると、
「ふんふん、それは大変だねぇ。」
と言うだけで、催促されることはなかった。
不思議なもので、催促されないと何としてでも払いたくなり、あれこれ工面して払ったのだった。
一部屋を二人で使って家賃を折半してもOKで、そういう人たちも何人かいた。
大家さんの家は、隣の敷地にあり、時々、台所に"皆さんでどうぞ"とメモのついた肉じゃがやおでんが置いてあり、そういうものはあっという間に平らげられた。
今思えば、大家さんの好意による民間の福祉施設のようなものだった。

僕みたいに本当に金のない奴がほとんどだったけれど、
金があっても、住居に金をかけるのがもったいないと守銭奴的思考の人もいれば、
そのアパートを好んで住んでいる人もいた。

近くには複数の大学があり、
僕の通う大学以外の大学生も住んでいた。

そんな貧乏学生アパートだったけれど、住めば都で、
麻雀をしたり、中途半端に余った野菜や、実家から大量に送られた食材なんかを持ち寄って"0円鍋"をしたり、
何かしら、しょっちゅう誰かが誰かの部屋に集まって、過ごしていた。
麻雀や、コタツを囲んでの談義に大家さんが居ることもあった。

そして卒業後、僕は、会社の寮の1Kに引っ越した。


---
さて、
時は戻り今、
スマホの通知は、SNSのグループトークのものだ。
あの学生アパートのグループだ。

画面を開く。
「タコの足はなぜ8本なのか?」
突然の議題。
差出人は、文学部で哲学をやっていて、今は大学院博士課程中の人だ。
彼は今もあの安アパートに住んでいる。

グループトークに返信が届いた。

教育学部を卒業し、現在、幼稚園の先生。
「うーん、
最初は、太い一本だったのが、
おいしいからお魚さん達に少しずつかじられて、8本に分かれたのかな!
皆んなはどう思う?」

経済学部を卒業した僕、現在、会社員。
「最適消費点が、8のポイントだった。
8より足が多ければ、より多くの動力が必要になり、エネルギーが足りない。
8より足が少なければ、エネルギーが余りすぎているのに、生きていくのに必要な動き、つまり、補食したり、敵から逃げたり、繁殖したりがしにくくなる。
足が、多すぎるやつ、少なすぎるやつは、淘汰され、最適の8本のやつが今、生き残っている。」

神学部を卒業し、現在、神主様。
「神の造形です。
タコは、"多幸"と言葉を当てるほど、縁起が良いのです。
"末広がりの八"から8本の足になったのでしょう。」

タイからの留学生。現在、ユニセフの職員。
「タイに"パッポン通リ"アリマス。
キット、関係アリマス。」

理学部で生物学を専攻していた人の回答に期待が集中した。
一番タコに詳しそうじゃないか。
現在、薬品会社の研究員。
「タコの足は、
何らかのアクシデントで、ちぎれた場合は、再生して増えることもあるんだぜ。
三重の鳥羽水族館には96本の足のタコが展示されてるんだぜ。」
うーん、ちょっとズレているが、勝手に期待したのはこちらだ。
そもそもタコの足が8本だ、という出発点を疑う立場と捉えれば面白い。
例外が積み重なれば、それは例外を卒業して王道になる。

文学部を卒業し、「ブラック企業に勤めている」と、ちょくちょく愚痴をこぼす、自称社畜の営業マン。
「おいおい、
疑問を持つことは危険だと、
教わらなかったのか?」
彼へのケアは別途必要だと思う。
「早く寝なさい。」
「今すぐ布団に入れ。」
「生姜湯でも飲んでほっこりしろ!」
「あったかいココアもいいぞ!」
などと大量のメッセージが一斉に送られた。

法学部を卒業し、現在、弁護士事務所で事務をしながら、司法試験に挑戦中。
「漁業法が一番タコに近い法律である。
しかし、同法において、タコの定義、さらにはタコの足の本数についての言及はないことから、
タコの足が8本であることに関しては、法律上、何ら意義を持たない事項と言える。」

観光学部を卒業し、現在、大手ツアー会社に勤務。
「他の海の生き物との、フォルムの差異化、ブランディングだよ。
イカとは競合するが、
競合といってもイカは10本、色も赤と白で違うしね。
あの独特なフォルムは、
なんか、こう、宇宙的な感じを出して、見る者を魅了するよね。
唯一無二の存在だよ。」

工学部を卒業し、現在、システムエンジニア。
「タコをプログラミングしてみると答えは出るはずだよ。」
真っ黒な背景に半角英数文字だけのプログラミング画像が送られてきた。
続いて、見慣れたタコの頭に、足が数え切れないくらいある、擬製タコの画像が送られてきた。
「足が1024本になっちゃった。
どこかにバグがあるねぇ。
バグを修正したら8本になるはずなんだけど…
システムエンジニアは試行錯誤の仕事なんだ。
ちょっと時間を下さいよっ、と。」

---
僕は、こたつにごろりと寝転がって、
目的地までの距離について考えてみる。
真っ白な画用紙を広げたところをイメージして、
左下端にスタート、右上端にゴールを置いてみる。
ゴールまで2パターンの行き方がある。

①スタートからゴールまで直線で到達
②スタートから寄り道をしてぐるぐる、うねうねと、ある意味、迷走して、ゴールに到達

回り道をしたから見えることがある。
なぜ直線で行かないといけないと思いこんでいるのだろう?

働けば、否応なしに①のように、ゴールまで直線に進まなければならない。
競走馬が、視野を限定されて、尻をムチで叩かれて走るように。
競走馬の面前には、チョウチンアンコウみたいに、ニンジンがぶら下げられている。

それなら、働く時間以外はこんなぐるぐるまわり道したっていいよな、と思う。
なんなら、ゴールに辿りつかなくてもいいよな、とまで思う。
散策すること自体が目的でいい。


---
翌日の金曜日、いつも通り出社して、昼休み。
雑談で、昨日の飲み会での出来事などがこぼれる。
前後の文脈を知らないから、僕は会話に参加できないけれど、別にいいと思った。
タコの足はなぜ8本なのか、
について考えていた。

---
分かったことがある。

•会社の飲み会を断っても、困らないこと
タコの足はなぜ8本なのか、に対する様々な解
•面白いから勉強する(面白くなければ勉強なんてしない)

今年、僕は忘年会に参加しなかったけれど、
これが分かったから良しとしよう。


---
音野より追伸
タコの足はなぜ8本なのかについて、
   解
があれば、コメント欄にてぜひ記して下さい。
解でなくても、
   この立場の人ならこう言うだろう
みたいなものを、書いてもらえると嬉しいです。
自由な場で、屁理屈みたいな談義が好きです。
(音野も、思いつき次第、随時、コメント欄にて追加していきます。)

いいなと思ったら応援しよう!