第22回 サカトケ乃カミ 大阪梅田
ぼくは酒をたしなむし、それ以上に酒場の風情が好きだ。ただ、どちらかと言えば、せっかちにあおるよりは座ってじっくり飲みたい派だ。中島らも氏が言い出したといわれる「せんべろ」、つまり千円程度でべろべろになりたい気分の時も座れる酒場を探すことが多い。なので、立ち呑みを選ぶ際には厳選する笑。
かなり前だが、東京の酎ハイ街道や立石界隈を克明に紹介していた「酔わせて下町」というタイトルも含め秀逸なブログがあった。その著者とも飲んだことがあったが、彼曰く、立ち飲みはエクササイズと心得たり、だ。何かのハードボイルド小説の一節で、ぼくは立って飲むのが好きなんだ。なぜつて、素敵な女性にアプローチするとき、座っていると半歩遅れるからさ」というのがあった、ような気がする。
「せんべろ」が大阪人中島らもの言葉であるように、立ち呑みをスタンドと称して親しむのもまた大阪の呑み文化のような気がする。しかも、きちんといい酒をそろえ、手のかかったつまみを驚くべき低価格で提供するのもまた、各店同士が慣れ合いにならずしのぎを削る大阪の特徴といえよう。大阪のたいていのスタンドでは、瓶ビールを頼むと大瓶が出てくる。それだけでも酒呑みは、得した幸せな気分になれる。そして、多くはサントリーだが、300円台で提供するところも多い。酒屋で売られている価格と同等なのだから、その仕組みが分からない。
大阪で「いちびる」と称する時、ふざけるというニュアンスの大阪弁と、大阪駅前第一ビルのことをいう。戦後のごちゃごちゃしたエリアを整理して、いち早く大阪市がビルにしたここは、その後も第二、第三、第四とひねりのない名称がつけられ、大阪駅と地下街で直結する。そして、それぞれのビルの地下一階二階フロアのほとんどすべてが飲み屋という、とんでもない呑兵衛の聖地が出来上がったのだった。
この場所にも紹介したい店は数あるものの、絞ることを考えるとクラクラするので、今回は長々と書いてきた「いちびる」ではなく、大阪駅にほぼ直結の新梅田食道街でもなく、阪急電車の高架下そば。新装した中目黒の東横線高架下とそつくりな「茶屋町あるこ」の反対側。この一角だけが梅田とは思えない、瞬間的にやさぐれた、立ち呑みのためのような場所にぽつりとある『サカトケ乃カミ』を取り上げたい。阪急梅田駅はすぐ。JR大阪駅へも5分とかからない好立地ながら、周りの風景とは一線を画する別世界。ここに立ち呑みが一軒あったら立ち寄りたいなあと思う、まさにそこにある。
ここを始めとする酒解(さカとけ)グループの他店を訪れたことはないのだが、『サカトケ乃カミ』以外は大阪市の南エリア、住所を見ただけでもかなりディープソーンに店を構えていて、この企業は、呑み人に好まれる最適な場所を見つけてくるのが相当上手なのではないかと拝察する。
囲われたビニールシートをかいくぐって店内に入り自分の居場所を見つけると、まずは「赤星」と「アレ」を注文。赤星は酒場に不可欠なサッポロの瓶ビール。阪神タイガースが優勝するずっと前からここで定着している「アレ」は100円以下なので頼んでも頼まなくてもどっちでもいいお通しと考えてよいだろう。ここでも呑み人のハートを掴む憎いスターターだと思う。
まずは魚。先日は「オジサン」が、今回は「ハッカク」があった。鮮魚専門の居酒屋でも見かけない、というか、客が飛びつく著名な魚に偏ってしまうに違いない。ウェブによれば、このグループのスローガンでも「驚き」をテーマにしているようで、低価格が魅力の一つである立ち呑みに必須のアイテムではないのだ。「パンドラの箱」というメニューで提供される刺し盛は、立ってでは食べきれない壮大さだ。
その他、家庭の台所のような小さなキッチンから、刺身だけではなく、炒め物・揚げ物と様々に、時間のストレスもなく運ばれる気持ちよさは、せっかちな酒呑みをいらつかせることはない。「酢豚」や「麻婆豆腐」まであり、同じベクトルの塩辛いつまみではなく、味変で酒を飲ませようという策略には、快くのつかりたいと思った。
何にもまして心地良いのは、サービススタッフの説客である。これは大阪の酒場には共通項なので、あまり特筆するまでもないのだけど、誠心誠意、料理を酒を楽しんでもらおうという気持ちを、掛け値なくダイレクトに伝えられると、呑み人たちはもう一杯と叫んでしまうだった。
■サカトケ乃カミ
大阪市北区芝田1-3-7
06-6376-1215