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第35回 鳥敏 恵比寿
居酒屋やイタリア料理店など多店舗を展開する会社のオーナーから、いい焼鳥職人の見分け方ってありますかと聞かれたことがあった。ぼくは単純に、容器を用いて満遍なくざあざあと塩を振るか、指を使って自分の目指すところに必要な量だけ塩を当てるかの違いではないですかと答えた。
この視点で今の東京の高級高額焼鳥店を俯瞰すると、新たな地図が出来上がるのは明白だ。異論もあるだろうから、今ここでその議論に入るつもりはない。取り上げたいのは、高級高額そして予約困難焼鳥店と、行ったことはないけど『鳥貴族』のような価格破壊店との中間に位置する、丁度良い店を探すのが大変な状況になってしまった、ということだ。たぶん焼鳥店がここまで高級高額化しなければ悩む必要のない事象なのだけど、こればかりはそこに行く客がいるからであり、異論を唱えても世の趨勢には勝てず、悪あがきにしかならない。
そこでようやく、手ごたえのある店が見つかった。恵比寿のビール坂にある『鳥敏』だ。このビルの他のフロアの飲食店には時々顔を出すし、2011年創業という『鳥敏』の存在も気にはなっていたが、結局その当時から最近に至るまで、高級高額予約困難な焼鳥店を追いかけていたのだろう。ようやくぼくも、ひと皮むけたらしい笑。
ビール坂で14年目を迎える『鳥敏』は、スタッフや客からトシさんと呼ばれる店主がフロアで接客を担う。カウンターの中は、焼台担当と調理補助、飲み物と焼きのアシストの3名で固め、スタッフ陣は潤沢。明るく大きな声で店全体を和ませるトシさんに対し、焼台を守る男性は寡黙で、少し額に汗しつつ職人らしさに溢れる。もちろん塩は、指を使って当てていた。このすみ分けがどのように形成されてきたのか、14年目の客である自分には分からないが、オープン当初からの客でありたかったと少々残念に思う。
当たり前のことだけど、オーダーは基本アラカルトである(もちろん、本数をまとめたセットもあるが)。「鳥わさ」「鳥皮」などにはひとひねりあり、スターターに最適。「そぼろ」は生野菜にくるんで口に運ぶと際限なく食べられそうで、串は注文せず、それだけを食べて帰る常連もいる。焼鳥は、比較的定番のものと希少な部位とでメニューは二部構成となる。
その串が、非常においしい。「あー、おいし」と一口ごとに嘆息してしまうぐらいだ。高級高額予約困難店を巡っていた時に、こんな感動があっただろうかと記憶をたどるが、なかなか甦ってこない。特にささみとももの串は格別。ひとつひとつの身が大ぶりながら火入れ具合は完璧。もも肉をぐいっとかむと、まずは鶏の野性味が香り、次に肉汁とあまり主張しない柔らかいタレとの加減が至高の味わいを形作る。ああこれが鶏だよなと、原点回帰しつつ心が躍る。
何年ぶりか、思い出せないぐらい久しぶりに焼酎のボトルをキープした。昭和のノリである。でも、またすぐ来たいと思ったからだ。そしてすぐに再訪し、やっぱりおいしいと強く感じた。焼鳥の神髄を見失いそうになっていた自分の味覚を確かめるような作業だった。
営業中は、入れ代わり立ち代わりずっと満席だが、電話をすると「はい、何時に何人?」というトシさんのストレートな第一声。その日に予約が取れる。価格は、高級高額店の三分の一。だったら『鳥敏』に三回来たいと思った。
鳥敏
東京都渋谷区恵比寿4-23-14 ASビル 1階
03-6277-4385