見出し画像

第27回 アド 初台

バレエやオペラ、レコード大賞の会場としても知られる新国立劇場。新宿から京王新線で一駅の初台にあり、新宿からも歩ける距離。しかし、外食としては、あまり足が向くエリアとは言えない。初台で最も知られるのは駅前の立ち食いそば店で、レコード大賞のプロデューサーを長年担当していた友人も、あそこで蕎麦を食するのが楽しみだとよく語っていた。
 
その初台に、昨年11月末、気鋭のフランス料理店オープンとの情報を耳にする。シェフの、麻布十番でモダンノルディックを標榜する『アシッドブリアンツァ』に一年在籍後独立という経歴に、興味を持ったのである。新国立劇場の真裏というか、劇場の完成で日当りにも影響が出そうな小路。不動通りというらしい。ただ、意外にも良店佳店がポツポツと並んでいて、目的の店『アド』にたどり着くまでかなり後ろ髪を引かれる。
 
もう辛抱できないと思い始めた、その頃に『アド』はあった。不動通りの中でも抜きんでた外観で、ここまで我慢した光明ありというものだ。スタッフは男性2人の様子。料理やワインの注文を取る人がサービスで、背中を向けてフライパンを持つのがシェフかなと想像しつつ、サービスとおぼしき男性にあれこれと説明を求め注文。聞き終わった途端、彼はぼくの目の前にて絶妙な手さばきで肉を刻み始める。背中を見せていた金子武尊さん、注文を取ってくれた岡田伸之さん。『アド』は2人の料理人によって構成されていることを認識。さらに、ぼくが感じるこの店最大の特徴は、2人の手際の良さと上手に補完し合うチームワーク。それを見越して、縦横無尽に動きやすく設計された比較的広めの厨房。もちろん金子さんも、テープル席まで料理を運ぶし、客に積極的に語りかけワイン談義もおこたらない。営業時間外に来訪し話を聞いて試食するフードライターだと、この魅力に気づく機会はないだろう。
 
さて、モダンノルディック料理=発酵という形で持ち上げられる風潮があるが、北欧で発酵を取り入れ始めたのは、ここ10年くらいのことだと、10年以上前に北欧で修業経験のあるシェフに訊いた。日本で、例えば発酵食品の代表である鮒寿司は奈良時代からある。つまり、金子シェフが『アッシド・ブリアンツァ』を一年で卒業したのも、日本人にとって発酵食品は、子供の頃から自然に口にしてきたから.なのかもしれない。それが証左に、彼の料理の中に込められた発酵の使い方は実に巧みで、アクセントとして調味料として、素材の良さを壊さず際立たせる絶妙な寄り添い方だった。
 
センス溢れる個性的で美味しい料理と、気持ちの良い若々しい接客で、すでに老若男女問わず地元民からの支持を得ている様子。たとえ酔ってつっぷしている女性がいても、地元ならではのやさしさで柔らかく包まれている空間。となると、こんなところに書くべきではないのかと自問するが、『アド』は、書きたい・紹介したいという衝動にあらがえないレストランなのだった。
 
金子さんと岡田さんは、フランスはプロヴァンスでの修業時代に知り合った。いつ、一緒にやろうという話がまとまったのかは存じ上げない。でも、薪火焼きレストランで雇われシェフとして働き、上記のようにモダンノルディックの店で北欧流の発酵を修める。かたや、学芸大学のカウンタービストロで店長を勤めるなど、お互いに必要だと思う技能を磨きつつ、満を持して独立を果たす。カウンターに座るぼくとしては、一日でも長く2人でこの店を続けてほしいと願うばかりだ。
 
ちなみに、『アド』とはどういう意味なのか、いろいろと考えるところだが、add 加えるという意味で、お客様に寄り添う気持ちを込めたそうだ。思わず「英語かよ」と、心の中でつぶやいた笑。
 
 
■アド
東京都渋谷区本町2-9-12 FARE初台 1階
電話番号は非公開みたいです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?