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第23回 マドリード滞在記
10月は、半分以上ヨーロッパに滞在していた。かの地を知る人たちからは、寒いから気を付けてと口々に言われたので、防寒服をいくつも持って行ったものの、全く使わずに終わった。朝晩こそ冷えるが日中はほぼ毎日Tシャツ。それだけ暑かったし毎日が晴天だった。先日のラグビーワールドカップ決勝戦を見ると、雨だったこともあるが観客は皆さん寒そうで、ぽくへの忠告は、数週間分早かったようだ。
今回の旅の目的の一つは、スペインのマドリードで、ピカソの有名な作品『ゲルニカ』を鑑賞すること。ヨーロッバには、たいていの都市に大きな美術感があり、日本ほどは混んでないし展示も開放的なので本当にすばらしい。だが、そういった美術館での絵画鑑賞は、幕の内弁当を食べて何がおいしかったのか思い出せないように、館を出た時、いったい何を観たのか混乱している場合が多い。ゆえ、他にも著名な絵画が多数展示されている美術館ながら、最初から『ゲルニカ』の前にだけ立とうと決めていた。
『ゲルニカ』が展示されているマドリードのソフィア王妃芸術センター近くに宿を取り、なんとここは19時から入館が無料になるので、まだ明るい午後7時から30分並んで入り、そのまま『ゲルニカ』のある206号室を目指した。
ところで、南米にナスカの地上絵という遺跡があって、誰がどのようにして描いたのか謎とされている。でも、日本にも前方後円墳みたいな巨大な墓もあるわけで、個人的にはさほどミステリーには感じていない。ところが、ぼくが『ゲルニカ』に接した最初の感想は、これは本当に人間によって描かれたのだろうかという疑問。いゃ、この絵は、パブロ・ピカソが、ほとんど助手の力も借りずに一人で描き上げたのは、史実として明らかだ。ナスカの地上絵より、『ゲルニカ」の方が、人の手によって描かれたのだという当たり前のことが信じられなかった。それほど巨大で圧倒的で衝撃的だった。
19時半に206号室入り、人がまばらになった21時ごろまで、ずっとそこにいた。最善に立ったり後ろに下がったり、右に行ったり左に寄ったり・・・。その世界観を自分の網膜へと焼きつけることに必死だった。できれば印画紙のように、消えないでくれと願った。
有象無象の観光客が記念撮影を繰り返していたがほとんど目に入らなかった。というより、あの絵を前にしたら、スマホのカメラ機能など完全に無力だ。
ソフィア王妃芸術センターを出て、ぼくの中でフラッシュバックするゲルニカの断片をめくりながら、改めて人間の想像力や創造力にひれ伏していた。でも、あそこまでできる人間が存在することに対し、逆に安堵する部分もあつた。
マドリードでの食事場所は、大阪のスペイン料理店『アラルデ』の山本シェフから教えていただいた。ありがとうございました。その中の一軒が『DSTAgE』。いわゆるスペイン流イノベーティブなレストランだった。
ステージという名の通り、店側は舞台のキャスト。フルオープンキッチンで、厨房の料理人もサービスのスタッフも基本的にはすべて客席側を向いて立っている。高級レストランには珍しいビートの効いた音楽が流れ、そのリズムがうねりとなって全体を巻き込む。まさに幕が開いたばかりの舞台に面しているようで、高揚感は半端ない。
欧米や台湾でもこういったレストランに出会ってきたが、なぜ日本には生まれないのかなあと改めて寂しく思う。
料理の説明時、一番耳にした言葉は「コウジ」だつた。最初そこだけが日本語なことに気づかず、聞き直して麹と知った。よく口にする味もあれば、へぇ~こんなところにとの驚きも。スズキの昆布締めを2ミリぐらいにスライスして皿に貼り付けた料理にはピンセットが添えられる(ぼくは日本から箸を持参しているのでそれを使ったが)。昆布締めは薄ければ薄いほど旨味がダイレクトに伝わるのだと逆に驚かされた。台湾産だというわさびを大きなおろし金ですりおろすところから始めるパフォーマンスでは、おろしたてを少量食べさせてくれるが、日本人としては、あれはわさびではなく山わさびなのだが、あえてそこの指摘はしなかった。
翌日、『DSTAgE』からメールが届いて、来店の御礼と昨日のメニューが添付されていた。本来ならその場で美しい紙のメニューをいただく方が感動は大きい気もするが、これも今風と言えるのだろう。
■DSTAgE
https://dstageconcept.com/