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第31回 ホテリ・アアルト  福島 会津

会津・裏磐梯に『ホテリ・アアルト』というオーベルジュがある。地元郡山の建設会社が2009年に築40年の山荘をリユースした。別館もあるのでその後立てまわしもされたかと拝察するが、大小含めて全17室がほぼフル稼働し、人気は東北隋一とも聞いた。オーベルジュという一般になじみのない言い方は施設側は使わず、いっぽう、フィンランド語らしいが、何度聞いても記憶に残らないホテル名である。北欧を意識した木造りの豪奢な建物だがサウナはない。そして、★やランキングに関わりのないシェフ。そこには、フーディが喜びそうなスペックや来歴はほとんど見えない。
 
スタンプラリーでも各種カード集めでも、世に蒐集家と言われる人はいて、最近フーディと呼ばれだしたレストラン蒐集家が存在するのも当然なのは否定しない。ぼくは、レストランは大切な人とのコミュニケーションを深めるために必要不可欠な空間だと考えており、それを知りたい人たちに向けて発信しているつもりだ。
金と暇は十分にあり、大半は一人で飲食店を訪れて、ほとんど酒を飲まず、スペックと来歴ばかりに興味を示す蒐集家が、大切な空間の席を埋めてしまう昨今の現状を悲しく感じている一人だ。
 
『ホテリ・アアルト』の来訪者は全員日本人で、もちろんフーディは皆無。多くはリピーターだった。何時に館内のどこに行けばいいかを熟知していて、我先にと動く。というのも、この施設はいわゆるオールインクルーシブサービス。一泊二食の料金に、客室の冷蔵庫と2か所のラウンジで飲めるアルコールを含めた飲料、浴場入口に置かれるコーヒー牛乳やサイダーなど風呂上がりの飲み物、驚くのは、ディナーの際の、きちんと選ばれたワインや日本酒等も入っていて、朝食には欧州のホテルのようにスパークリングワインが冷やされているという徹底ぶりだ。
 
客はチェックイン後すぐに、15時に開くラウンジに向かう。段取りを知るリピーターで新緑が美しい窓際の席が埋まる。その後、本館・別館の浴場で温泉を愉しむ。客室フル稼働だと少々手狭か。
ディナーはジャパニーズフレンチとのこと。ぼくの苦手なカテゴリで、東京では選ぶことはない。例えばリゾットとして出されても、どちらかというとおじやに近く、2つの国の特徴を相殺してしまう気がする。ただ、結婚披露宴の料理とかと違い、地元産の素晴らしい食材を使っているので、ちゃんと美味しいし、ホテル側から客に寄せていく姿が、ちょっとした非日常を味わいたい、プチ贅沢を満喫したい、好きな人との時間を大切にしたい、大多数の日本人の琴線に触れる。
もっと印象的なのは朝食だ。ワラビとタケノコとこんにゃくの田舎煮や牛筋の煮込み、キノコ三昧の味噌汁、卵焼き、漬物、そしてサラダ。会津の山の恵みが、いかに香り高いかを感じる朝は幸せだ。
 
レストラン情報がまだまだ少なかった1990年代。料理人が他店を訪れて、いろいろと盗んでやろうと料理はもちろん店舗内の隅々まで目を光らせる姿を「ギラ」と称し、厨房で「今日の客はギラばっかりだ」とぼやいたそうだ。情報過多となった今、フーディがギラになつているような気がする。そして今も昔も、ギラがお店の雰囲気を崩し、客層の悪化を招く。
 
『ホテリ・アアルト』にはギラがいない。滞在中は、親子連れ、友人同士、老若のカップルそれぞれ、思い思いの時間の過ごし方を模索し実践する。一泊二食の愉しみを知る日本人ならではの、日本式オーベルジュを余すところなく享受する。ぼくもまた、職業や立場、年齢を忘れ、一人の日本人として心の底から寛いだ。
 
ふと、ぼくが新婚旅行先にポルトガルを選んだことを思い出した。フランスやイタリアに行くと、どうしてもギラになってしまう。予約の時間に縛られる。そこから解放されたかったのだ。おかげで連日、テーブルに置かれた大量の料理と安価なポルトガルワインを、赤ら顔のおじさんたちと共に楽しんだ。やさしく親切で、しかも英語が堪能なポルトガルの人たちを今でも忘れられない。
 
 
ホテリ・アアルト│HOTELLI aalto
福島県耶麻郡北塩原村大字檜原字大府平1073-153
0241-2

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