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第34回 食堂とだか  五反田

ぼくは、予約が相当に難しい店のことは記事にしない。訪問が困難な店を取り上げても席が押えられないなら、情報として読者のお役に立てず、自己満足以外意味がない。実際自分は、予約の取れない店訪問に対し何もステータスを感じないし、興味もほとんどなくなった。その店が予約困難になる前に行ってしまう、というのがモットーである笑。予約困難になった時点で進化は止まるからだ。
 
五反田にある『食堂とだか』の店主戸高雄平さんとは、とある食事会で知り合った。帰り道が同じ方向で少し話をする時間があった。礼節をわきまえ気持ちがまっすぐな青年で、人気が出るのも分かった。その時聞いた段階で空きは半年後。やはり出遅れたなあという感覚で訪問は断念した。
 
あれからもう2~3年は経っていただろうか。その時の食事会主催者が『食堂とだか』に誘ってくれた。『食堂とだか』を経験し、ぼくは、少し誤解があったことに気づいた。耳にする店のオペレーションや内容から、もっとドライで効率的に料理や酒を提供していると思っていた。
違った。戸高さんの人柄と愛情が随所に溢れる、心地よくエキサイティングな空間だった。
 
まず、一緒に働くスタッフの顔つきが違う。
皆さん、片時も手を止めることなくものすごく忙しいのに、明るくイキイキとして楽しそうだ。店全体が笑顔に包まれる。同様に戸高さんも、ご自分のポジションをきっちり守りながら、その場所と仕事を不動のものにする。
 
料理は、耳馴染みのいい食材を使い、分かりやすく親しみやすく、そしてすごいボリューム。料理の質云々をあれこれ言うのが無駄に思えるぐらい、食べ慣れていない人も含めたすべての客に降り立ち寄せている。まさに、食堂である。アルコール類も、大変な手間なのに、良質の果汁を使った割物が多数。どこかにあなたの飲めるお酒が見つかればうれしいと言わんばかりだ。
 
『食堂とだか』の求める客は、フーディ達ではない。料理を口に含むたび眉根を寄せたりしない人だ。いっぽう料理人の多くは、口には出さずとも「俺ってビッグ、オレってグレート」と内に秘めている。決して悪いことではなく何よりのモチベーションでもある。でも、戸高さんは逆だ。彼は、気持ちがきっちり客に向いて客側に降りてきている。フーディを唸らせる分かりにくい料理を出すつもりはない。それが彼の、料理人には稀有な人柄なのだと感じた。
 
店の飲み物の一つに知覧茶とわざわざ表記する。その理由を聞くと、鹿児島出身だからだという。知覧茶は鹿児島を代表する日本茶であり、戸高さんの郷土愛も垣間見る。さらに知覧といえば、パリオリンピックから凱旋した卓球の早田ひな選手が、時間ができたら知覧にある「特攻記念会館」に行きたいと言った場所だ。その地を訪れるアプローチで多くの茶畑を見ることができる。
 
もう一つ感心したのは、料理の進行とBGMをリンクさせていることだ。自分の今の仕事の進行状況を見失なわない、遅延が出て客に不快な思いをさせない見事なテクニックである。入店したとき、40歳代以上に刺さりそうな日本の楽曲がセレクトされていて気になり始めた。料理にカニが出ているとき、「♪カニたべいこう~」と、耳馴染みのいい歌が流れたことでオヤッと思った。次に焼きアユの料理ではあゆの曲。次の「君に胸キュン」は、すだちをきゅんと絞ってほしいからと、なかなか苦しい選曲もある。後半は「♪走る 走る オレたち~」とか「♪負けないで~」とか、満腹になってきたお客様への応援歌ですという。ラストは「悲しみが止まらない」。いやー楽しかった。飲食や接客だけではなくここまで準備して客を迎える戸高さんの人柄がしのばれ、なおかつ料理を潤滑に出すためのタイムキーパーの役割も果たしているのだ。
 
「やっと来れました」とぼくは戸高さんに言ったら、「ぼくもプライベートでは、予約の取れない店には行かないです」と照れ笑いをした。
 
 
■食堂とだか
東京都品川区西五反田1-9-3 リバーライトビル B1階

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