見出し画像

第29回 テレビのグルメレポートとは

前回の伊勢参りで、テレビのグルメレポーターをしていた経験を書いたところ、いくつか問い合わせをいただいた。ぼくがレギュラー出演していたのは、「ニッポン百年食堂」という番組で、全国各地に点在する百年以上続いている食堂を訪ね、実際に食してレポートをするという内容だ。
 
★そのときの様子をwebにまとめた記事「日本食堂遺産」はこちらhttps://www.otoriyosetecho.jp/column/itoakira/
 
このオファーをお引き受けした時、ぼくは一つのお願い、というか条件を提示した。今だかつてテレビのグルメレポでは誰もやっていない、そしておそらく現在も将来も誰もやらないであろうこと。内容はとても単純である。ぼくは出された料理は全部食べたい。そしてきちんと全部食べるシーンを収録してほしいと。
 
テレビのグルメレポーターは、ほんの一口二口食べ、目をつぶったりのけぞったりしておいしさを表現して終わり。決してそれ以上食べ進むことはほとんどない。まず、調理した方に失礼だし、このシーンではスタッフが残りをおいしくいただきましたというテロップも出ない。一口で味の程度が分かるとも思えない。ぼくのケースでは、1日のロケで2~3軒。1軒で2種類。つまり2人前食べる。途中でスタッフとのランチや終了後の晩飯にも付き合う。その後一人で、地方の気になる店に顔を出したりもした。
 
ロケも回数を重ねてくると、伊藤は本当に全部食べているのか、最後に米粒が残ってたなどというご意見が寄せられ少しは反響があるんだと感じていた。さらに、それなりに回を重ねた後の取材で、食堂の皆さんから、ギミックだと思っていた、とか、伊藤さんは本当に全部食べておられるんですねと感謝されたこともあった。
 
もう一点、今度はディレクターから条件を提示された。
テレビのグルメロケを思い起こしていただきたい。タレントでも芸人でも女子アナでも、料理を最初に口に入れる寸前にカットが替わり、シェフの表情や「箸上げ」と言われる料理を箸やフォークで持ち上げるだけの人が入らない映像に切り替わり、バックで、まさに食べた直後の体でレポートの声だけがかぶるというのが、一般的な構成だ。本来なら咀嚼する時間が必要で、すぐに普通にしゃべるのは変なのだが、うまく挿入カットを入れることで、違和感を視聴者には悟られない仕組み。声をかぶせるだけなら、別のタイミングで録音することもできるし、台本があるのかもしれない。
 
ところが担当のディレクターは、伊藤さんはプロなのだから、最初の一口の前でカットを割らず、感想を口にするまで回し続けるというのだった。それは本当に大変だ。生中継でアナウンサーが食レポをしていて、口に物を入れながらもぐもぐと感想をいうのを見て気の毒だなあと痛感するが、ぼくの場合、ただおいしーとか叫ぶわけにもいかず、数秒の間に、咀嚼しながらおいしい以外の言葉を引っ張り出さなければならなかった。そして今だから言えるが、大半は普通の食堂の普通のご飯である。それを言葉に変換するのは普段の倍以上の語彙がいる。
 
しかも、決していずれもがおいしい訳ではなかった。おいしさが感じられない料理のなにがしかの魅力を探すのは、さらなる頭のフル回転が必要だ。さらに担当ディレクターは、映像に臨場感を出すため、必ず食事前に厨房に入れと指示する。たいていの厨房は、百年の垢が蓄積して汚く、ピカピカのキッチンしか見てこなかったぼくの食欲を奪い取り、さらに言葉を紡ぎだす感覚は衰えるのだった。
 
一番の収穫は、カメラに慣れたことだろうか。今しゃべりながら、次になにを語るかを考える、という特技を得た。

いいなと思ったら応援しよう!