*触れる
ゆうたろうのまっすぐさは
昔の彼を思い出させた
わたしが就職したときの上司だったNは9歳年上の
40代になったばかりのひと
大学時代から付き合っていた人と別れたばかりで
ちょっとやさぐれていた私
仕事で凡ミスが続き上司としても見かねたのだろう
会議室に呼ばれ、かなり叱責を受けた
泣きそうだった
だけど仕事が原因で泣くなんて自分が自分を許せない
男女雇用機会均等法がようやく浸透しつつあったそのころ
総合職として男性と並んで仕事をしてた私は
「やっぱり女はこれだから」というフレーズが嫌で嫌で。
誰にも甘えちゃいけないという気持ちでずっと仕事していた
もちろん上司になんて絶対甘えられない
涙を見せてしまって
女を利用するだなんて思われたら癪に障る
だから絶対に泣くなんてしたくなかった
泣いたら負けだ
くらいに思ってたかもしれない
一通りの叱責がおわったあと
席につきなさいと言われ
席に戻った私
ぽとりぽとりと涙が机の上の書類に落ちる
誰にも気づかれないようにそっとぬぐう
その時
ポンポンっとたたくでも、なでるでもなく
わたしの頭を二回触って通り過ぎた人がいた
それがさっきの上司、Nだった
彼が私に触れたはじめての瞬間 だった
ただそれだけのことだったけれど
わたしの中でNへの距離は確実に変わった
当然のことながらNは家庭があったし
半年に一度の長期休暇には必ず家族で旅行に行くのも知っている
家族の写真が机の上には飾っていたし
家庭円満なのは誰もが知っていることだった
その一件があり
距離感が変わったわけでも
特別目をかけられるようになったわけでも
そして特別厳しくされるようになったわけでもなく
上司と部下の関係は変化することもなかった
ただわたしの中で
”彼は甘えてもいい人かもしれない”という
少しだけ気を許せる存在には確実に変わってた
実際に甘えるということはなかったにせよ
そう思える相手がいることは
わたしの仕事に対する張り詰めた感覚が
臨機応変に立ち振る舞える感覚へと変わった
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?