恋、色、艶。
ジョルジュ・サンドはショパンを魅了し、フランチェスカ(『マディソン郡の橋』)は確信犯的なゆきずりで花火の恋にずっぽりハマり、包み込んだ。
取り残された夫たちは画角の隅のほうで背中を丸めて力なく振り向いている。
恨めしそうに見えるのは、後ろめたさ。バレちゃいないかもしれないのに、良心は背徳にチクチクと針を刺す。
エリック・サティは24歳で金の草鞋の恋をしたに過ぎなかった。
マリー・ローランは描く作品のごとく恋をもパステルに染めた。男との恋に淡く唇を震わせ、女の肌に筆のごとく指を滑らせ蜜を吸った。
心地よさ、気持ちのよさは、一筋縄ではいかない場合がある。時に魂を引き換えろと試練を突きつけてくる。凛子(『失楽園』)は肉体の焔を貪るたびに深まってく罪の重さを、抗い、否定し、否定しきれず、それでも斬り捨てるために、あえて繋がった姿で命を絶った。
大人になって落ちる恋は年輪を刻んだ分、複雑に揺れる。揺れる波は赤子の肌と違って戻りが悪く、像のごとくに刻まれ、残る。深みが進めば、いずれ道はぱっかりとふたつに割れる。
右に進むか、左に行くか。右は奈落で、左は地獄。
快楽は幸せと直結していなかったことに気づくのは、終わってしまったあとのこと。
認識が浮かばせる格言は、後の祭り。
このようにして大人は、割り切れない年輪を刻んでいき、複雑の渦中をさすらうようになっていく。
「あなた、行ってらっしゃい」
何事もなかったかのように送り出す顔に迷いは見せない。挿しこまれ刻まれた記憶は、それしきの偽りに揺さぶられることはない。
恋に彩られた女流作家・ジョルジュ・サンドはショパンを捨て、フランチェスカは平凡な主婦に戻っていった。
身近にも、遠くにもある物語。