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冬は、屋外でかけまわるより、炬燵で丸くなるに限る。

 ここ数日は春のあたたかさ。ぬくもりは幸せだ。
 北の街は曇天も雨とは違い雪色が混じって明るい雲の印象だが、描けば風流も、掻くとなると憂鬱になる。雪の深い山間部や緯度の高い町や村は、天気予報に一喜一憂、降雪予報が当たっても、宝くじが当たったようには喜べない。
 それに北国の冬は、北国の抜けるのに難儀なトンネルのように長いときている。早ければ11月に初雪を迎え、春の桜を5月に迎える。1年の半分が冬ドームに包まれたまま。市街地への出没で昨今話題のクマも、夜の睡眠とは別に冬眠が必要で、寝て過ごさねばならぬ忍耐の長期戦に同情したくもなってくる。
 いや、寒さ、空腹を避けての冬籠り、せわしない人間社会から眺むれば、ないものねだりの青い芝生に見えてくる。
 雪のない関東平野の冬は幸せか? 雪を掻くでもなく、半袖でいられるほどせっせと薪を焚くでもなく、こんもり着込むでもなく、滑って転ばぬよう足元そろりの歩行を強いられるわけでもなく。
 ここ数日の関東平野は春のぬくもり。それでも花見で底冷えに震えるのと似て、やれ3月中旬のあたたかさと背中を押されても、体内の季節時計は冬を差したままなのだ。あたたかいと言われても、体感は寒さを脱せない。
 仕事の必然や生活の必需で腰を上げる必要がないならば、庭かけまわる犬よりも、炬燵で丸くなる猫になりたいきぶん。
 今日のお仕事は午後からはじまる。休日とは違って気持ちは凍り気味だけれども、せめて昼まで、猫を見倣い布団の中で丸くなる。

【主人公は、壁画画家を炬燵の窓から見下ろす猫ですから】

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