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オン・ザ・レール。

 思い描いたラインをそのままトレースできる人生は、ふたつの意味で難しい。そりゃ、RnineTスクランブラーをMIPで駆ったトム・クルーズほどのテクニックがあれば話は違う。難易度最高レベルのピンチでも針の穴を通す正確さで、見事に筋書きを遂行してみせる。
 彼の場合、イーサン・ハントの顔でも、役柄を離れた私生活でも、思い描いていた人生のラインを見事にトレースしているように見える。そりゃ世紀の大スターだもの、真偽のほどは別として、人が羨む生き方を演出し続けなければならないから仕方あるまい。撮影用カメラが止まった瞬間、創られた彼の役柄を、着ぐるみをどさっと脱ぎ捨て疲弊のため息を漏らすゴジラ役のように、重労働汗と冷や汗を手の甲で拭っているかもしれない。傍に打ち捨てられた配役のはにかみ笑顔をたたえる着ぐるみだけが、映画の趣旨をトレースし続けているだけだ。

 大概の場合、人生における理想のトレースは夢の領域に移行し始め、次第に現実味を失っていく。トレースし直したって、理想はどんどん高みにずれていき、妥協せよと手の打ちどころを迫ってくる。
 最初に描いた初版本のような無垢で初々しく、紙の香りも新鮮で幻想を秘めた価値観は、はるか昔に描かれた寓話の如く、遠すぎて微かにしか聞こえない丘の上で打ち鳴らされる鐘の音となっている。

 思い描いたラインどおりに人生をトレースすることは難しい。

 もし仮に、思い描いたラインどおりに生きていたとしたら?
 イーサン・ハントの生き方は、観ている分にはスリリングでエンタテインメントだけれども、自分ごとにはしたくない。映画が始まって次々と二転三転する目まぐるしい展開に翻弄されようとも、2時間後にはすべての問題を解決できているばかりかちょっとした幸福のおまけまでついてくるとわかっていながらも、自分自身に当てはめると二の足を踏まざるを得ない。過度に刺激的すぎる。それに2時間で終わってしまう予定調和では、あまりに人生、寂しかないか。

 思いどおりに描いていた人生をトレースできてしまうと、あとで悔やむという機会を逸してしまそうでもある。最初に決められた脚本を生きてしまうと、その場は納得できるかもしれないが、ちんまりまとめられたカプセルトイみたいで、連続性に欠けてくる。ちんまりしたトイを入れたカプセルは、いくら集めてもトレースできる線にはならない。点の集合体になってしまう。

 人生、紆余曲折があっておもしろい。トレースし直すことでつながっていくからおもしろい。

 映画『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』でトム・クルーズが乗ったバイクはBMW RnineT スクランブラー。映画が公開されるや否や、日本市場で燻っていたRnineTスクランブラーの人気に火がついて注文が殺到したと言う。

 オン・ザ・レール感。この言葉は日本製オートバイが世界を席巻する以前よりBMWのオートバイに与えられた称号だった。思い描いたラインをそのままトレースするのに長けた、低重心のトラディショナル・ボクサー・エンジンを搭載する欧州の、かつてはハーレーダビッドソンと人気を二分し、もうひとつのキング・オブ・バイクとして2座ある王座のひとつに君臨したオートバイ。

 人生、思いどおりにトレースできないものなら、せめてオートバイの世界に浸る瞬間だけでも。
 また、新しいバイクへの悪い虫が騒ぎ始めている。購入する言い訳の筋書きが仕上がる時が楽しみでもあるのだけれども、いろんな意味で恐ろしい。


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