実家の猫は懐かない。いまだ帰省すると、警官を見かけた悪ガキ高校生のように、一目散で隠れ家に潜り込む。隠れ家はどこが本拠地なのか、手を変え品を変えてくるものだから、毎回探すのに苦労する。敵もさるもの、次第に知恵をつけてきて、今回ばかりは過去歴にはとらわれない秘密中の秘密基地を見つけたらしい。どこに隠れちまったのか、さっぱりわからない。
その同極の磁石を近づけたみたいにして逃げ回る猫が、夜もとんと更けこむと、(家から外に出せ)にゃあぁん、とご飯をくれる飼い主にねだりにやってくる。その色声の艶っぽさといったら、にわか夜の蝶には敵わない。
鳴く猫は部屋が離れているから姿は見えないけれど、声はしっかり届いてくる。姿は見せぬが、避けてることをあからさまに嫌味っぽく声だけを聴かせてくる。
(早く出さないと捕まっちゃう)にゃああぁんと、猫はご飯をくれる飼い主にしつこい。
いる部屋は違えど、そこにいることは声聞きゃわかる。どどっと詰め寄り、首根っこを捕まえてやろうかい、と嫌味を聞かされて面白くないこちらとしては、力でねじ伏せてしまいたい。そんな衝動に駆られるも、いっぽうでは踏みとどまるんだと忍耐を語りかけてくる。ふたつの気持ちが行ったり来たり、陽炎のように心の内で揺れ動く。
捕まえられりゃこっちのもんだけど、その場限りの自己満足で終わる。次回の帰省ではさらに巧妙に隠れてくるだろう。力技で成す一時の距離の縮少は、これからの関係の溝を深く刻みつける。
ううむ。悩ましいところだ。
びゃあぁあん。
外に出せという甘えがエスカレートしていき、もはや猫撫で声を逸している。
そんなに人嫌いなら、そもそも飼われなきゃいいのに、と思う。
だが、はたと猫の言い分に気づいてしまった。飼われたくて飼われているわけじゃないと彼らは思っている。飼われたくはながどうにか折り合いをつけ、その中で平穏に暮らしている毎日なんだ、水を差すな! と言っている。
そもそもそっちが勝手にやって来たんじゃないか、こっちが出ていく筋合いじゃないし、そこを押して出て行こうとしているんだ、文句を言える立場じゃないだろう。口調はまさに咎めそのものだ。
にゃぁああん。びゃあぁん。
甘えた声に輪がかかってく。
だけど飼い主たる母は強し。
だめ。
絶対に外には出さない。こんな状況で外に出したら、帰省が終わるまで家に帰って来ないことを知っているからだ。
猫は、自分の居場所を気づかれまいと知恵を使うが、人間を追い出せるだけの知恵はまわらない。人とは決定的に違う。