プラトニック・セックス。
人生、色香を欠いたらつまらない。
シナをつくっての「おひとつどうぞ」は、手酌ひとり酒より滋味深く、直後の展開に不埒な期待を淡く抱かせる。
延べた腕は、杯を受けるか、肩を抱くか。
軽口の呂律が重たくなったら、言葉は要らない。
胸の高まりが腰のあたりに移動して、疼き、蠢き。
遠吠えあげる、秒読みが始まる。
愛は、地球上の生きとし生けるものの臍の緒をつなげてきた。忍んで堪(こら)えて同着を迎えるふたりの秘め事。人目を忍んで結んだ閃光の賜物。
脳天に走った焔(ほむら)が身を焦がし降りていき、つま先からほわんと抜けていくまでのわずかな煌めき。
燃え、逝く。
解き放たれた魂が遠くに喜びの歌を聴き、月光の波にその身を委ねる。
『プラトニック・セックス』は若くして逝った飯島愛氏の著書名だった。元AV女優の綴る世界は、見せる肉欲から絞り出された無垢。書かれていない裏側を覗き込むと切なくなる。まぐわりを極めた先に剥き出された精神愛は、歯を食いしばりながらナイフで削り削られ、その末に荒々しく姿を現した。
ブンガク世界のセックスは、どこまで行っても「紙に書いた文字」でしかない。「相思相愛カップルの交わり」は、すべて脳内で再現されるプラトニック・セックス。
『マディソン郡の橋』では行きずりの恋が、『ベッドタイムアイズ』では明け透けな交わりが、『海の向こうで戦争が始まる』にいたってはマゾスティックな描写が容易にそのツボに落とし込む。
知性で抱き、知性に抱かれる、プラトニック・セックス。
文字に喚起される妄想は、鼓動を濃く熱くはするが、あまり物理的行為のスイッチにはならない。始まっても色香の余韻香り、恍惚の記憶を薄めに喚起し続ける感じ。
あくまでも花の芳香のような甘い霞。
著者の、経験と創意による惑わし。