エッセイ「ゴダール、タモリ、加藤淳の“斜め上すぎる”返答」

いくつもの刺激的な論点を孕む廣瀬純の『シネマの大義』の巻末に、ゴダールの3D映画『さらば、愛の言葉よ』をめぐる座談会が収録されている。その中での結城秀勇氏の発言を一部引こう。

「ル・モンド」のインタヴューの中で、ゴダールがロベール・ブレッソンについて言及している箇所があります。ブレッソンが自分のことを画家だと話していたということが確認されたあと、インタヴュアーが「あなたは形態を最重要とするブレッソンに賛成ですか」と聞くと、ゴダールは変な答えをするんです。「私なら行きと帰りがあると言うだろう。私は潜水して、水面に浮上するというイメージが好きなんだ。水面から出発して、底まで行く、それから浮上する。そうした事柄だ」と。

これはまさしく「斜め上からの回答」だろう。一読しても二読してもハテナである。でもゴダールを狂人でないと仮定すれば、彼の中にな何らかの理路があって、彼はそれに則って喋っているが、凡庸な我々にはその道が見えていないだけなのだ。
「ル・モンド」紙を読める語学力がなければ、あるいは1冊5000円以上もする『ゴダール全評論・全発言』を紐解く膂力がなければ、こうした斜め上からの発言には接することはできないのか。いやそんなことはない。むしろ道端の雑草の中の四つ葉のクローバーのごとく、探せばそれはどこにでもある。

タモリが「徹子の部屋」に出演して、今後の時代の行く末を聞かれたときに言った「新しい戦前」という言葉、あれがなんらかの意味で名言であるとすれば、往時そのテレビを見ながら「そうそう、俺もそう言うと思ったぜタモさん!」なんて視聴者が一人としていなかったからだろう。つまりここでも、タモリが踏んでいる(はずの)ステップが、途中の何段か視聴者に見えておらず、そのためガクッと意表を突かれる現象が起きるのだ。私は昔これを「ステップ飛ばしの技法」と名付けたが、「技法」という言い方はあまりよくなかったかもしれない。発言した当人としてはステップを省いたという意識すらおそらくなく、自然に発した言葉が、しかし受け手には何段も省かれたものとして映ずるのだ。「オードリーのオールナイトニッポン」の中で私が一番好きなトークに、若林がタモリ倶楽部の終了をうけて語ったタモリとの思い出の話がある。初めてタモリ倶楽部に呼ばれたときのことだったと思うが、小学校の校庭で、魚を獲る投網のサークルが集まって、よりよいフォームで網を投げる練習をしている。若林はそこで「これ陸上でやっても魚が獲れるわけじゃないのに、なんか意味あるんすか?」と質問した。すると即座にタモリは「変態を馬鹿にするな」と叱責したと言う。若林ははじめそれがなんの叱責だかよくわからず、ただ急な叱責に驚いただけだったが、その後何年もそれについて考え続けたという。(以下には若林の言葉だけでなく私の考察も混じるのでご容赦願いたい)つまりそれは「目的論」を排除する存在こそが「変態」ということであり、魚を獲る「ために」網を投げる、というこの「ために」こそが世の中の「普通」である「目的論」だとすると、そこからその「ために」をごっそり省き、「ただ」網を投げる、という境地、これをタモリは「変態」と呼んだのではないか。後年若林はそのことに気づいたはずである。いくらか私の言葉を足してしまったが、若林がキューバで、ただ日没を何もせずぼんやり見続けている人たちを見てその「ただ」に感銘を受けたことや、『目的への抵抗』などの著書がある哲学者の國分功一郎と「文学界」紙上で四度も対談をしているところから見ても、先程の「変態を馬鹿にするな」を若林がどう受け取ったかについての考察は大きく的を外したものではないと思う。いずれにせよ本論全体に引き戻せば、質問と回答の間に断絶があること、それこそが思考の発生的要素となり、人はそのギャップを燃料にして思考するのだ。

最後に、割と手頃に手に入る本で、そうした「ステップ飛ばし」満載の本を紹介しよう。『加藤淳の本』がそれだ。さんまのからくりテレビで話題になった加藤淳の人となりが知れる名著だが、白眉はやはり「お悩み相談」のページだろう。ここに寄せられているお悩み(Q)は、だいぶふざけたものも多いのだが、例えば「悩みは、彼氏とほんとラブラブチュッチュなんですが、もっともっとラブラブチュッチュになりたいんですがどうしたらいいのでしょうか?」と言ったしょーもない質問に対して加藤はこう答えている。

A.太陽が高い位置にあるような、ポジティブな相談をお送りいただき、ありがとうございます。『スター・ウォーズ』では最初に公開されたエピソード4でオビ=ワンを演じたアレックス・ギネスが好きなのですが、「自分の感覚を信じろ」という台詞は、多分、こういう時に使うのでしょう。

このような斜め上すぎる回答が満載の一著、ぜひ多くの人に薦めたい。

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