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かた焼きの

いつかの10月

すっかり日が沈んで
川の方から涼しい風が
流れてくる

カラオケのあと
商店街の散歩を終えたら
川沿いのいつものカフェで
コーヒーを飲む

けれど、
今日は川に出る手前で
道を外れた

商店街と川沿いの道の間
静かな通り

ぽつりぽつりと隠れるように
飲食店がある

ハンバーグがお目当ての時くらいしか
この道は通らない

あるビルの地下へ続く階段を降りる

紺色の暖簾に
白い文字がぼんやりと浮かんでいた

木の香りがするような格子状の引き戸を
ガラリと開ける

オレンジの照明と
柱、カウンター、テーブルに
ふんだんに使われた大きな木が
あたたかい雰囲気を醸し出していた

いらっしゃいませ

ご夫婦で営んでいるこの店
はじめて来たのは、二十歳の時

このお店に来るまでは
この街で有名な老舗のうどん屋さんで
ゴボ天うどんと
いなりばかりを頼んでいた

そんな私に驚いた友達が
焼きうどんを食べに行こうよと
誘ってくれた

かた焼き?
メニューを見ながら
そのワードにひっかかり
かた焼きうどんを頼んだ

出てきたのは
カリカリに揚げるように焼かれたうどん
あんかけがたっぷりとのっている

麺は太いけれど皿うどんに近い感じ?

ひとくち食べると
外側の香ばしいカリカリさと
中のもっちりとした麺のギャップに
衝撃をうけた

それが焼きうどんとの
最初の出会いだった

そのせいか、
焼きうどんの印象から
カリカリが消えない

元祖焼きうどんは
もっちり太麺だというのは
後になってから知るお話

焼きうどんと
揚げうどんの中間のような
あの味は今だに忘れられない

残念なことに、後継者不足で
店じまいをしたのだけれど

あの店のあたたさと
あの食感、あの味は
食べた人の記憶の中にだけ
留まり続けているだろう


写真 クロメガネ様