祭りの夜 *Story
あれは大学一年の夏
蝉の鳴き声の中
ガラケーがどこかで鳴った
時計をみると
正午をまわっていた
眠い目をこすりながら
テーブルの上に置いたケータイをとる
メールを見ると
サークルの先輩からだ
"今夜の祭り、行かない?"
そういえば、この間
みんなで祭りの話になったな
"今日でしたっけ?行きます"
"じゃあ18時にいつものとこで"
ギリギリの時間に
待ち合わせ場所へ行くと
先輩がひとり待っていた
「あれ?みんな遅れてるんですか..?」
「みんな今日は来ないよ」
てっきりいつものメンバーで
行くのかと思ってた
「今日はいいんじゃない?」
何がいいのか分かんないけど
せっかく来たお祭りだしな..
一瞬、キョトンとしてしまったが
一緒に会場へ歩きだす
この街に来てからはじめての夏祭り
人の多さと熱気に圧倒された
人波ってこういうことを言うんだな
これじゃ、うかうか屋台にも寄れない
すれ違う浴衣の人、
りんご飴やかき氷を持った人
色んな人の夜とすれ違って行く
前にいる先輩が一瞬見えなくなった
あ、これ迷子になっちゃうやつだ
そう思いながら進むと
急に目の前に立ち止まった先輩があらわれ
いきなり手を引っ張られた
「迷子になるから」
「はぁ..」
幼稚園の遠足の時、
迷子にならないように隣の子と手を繋いだ
一瞬その時のことを思い出す
いや、もういい歳だし
こんなの見られたら誤解される
あれこれと思いを巡らすけれど
深い意味はないのだろう
手を繋いだまま
人波の中をすいすいと進んでいく背中
夕闇の屋台の匂い
人々のざわめき
赤い提灯に祭囃子
雑踏の中にいるのに
すべてが遠く聞こえていた
こんな夜が好きだなぁ
遠くからその景色を眺めているような
不思議な気持ちになる
人波をくぐり抜け
辿り着いたのは、
人気の少ない城の入口
「のぼろっか」
「今から?」
もうすぐ花火の時間
そっか、天守閣からなら綺麗にみえそう
「のぼりましょうか」
天守に着くと、人は数えるほどもいなかった
ほぼ貸し切り状態
「特等席ですね」
「でしょ」
天守の窓から川沿いをのぞく
人並みがぞろぞろと川沿いに流れていく
街明かりと提灯の明かりが
川の水面を彩っている
こんな高いところから
お祭りをみるのははじめてだ
ようやく、
この街の"姿"を見られた気がする
ここは冷房がきいてて涼しい
人混みからも解放されて
ゆったりとした時間が流れていた
会場のアナウンスが
遠くから聞こえてきた
(まもなく、花火の時間となります)
川沿いから
私たちの姿を見つけた人たちは
こちらを指差し、何組かが急いでのぼってきた
ヒュルルル パァーン
どこからともなく歓声が聴こえた
花火の光が
会場にいる人々と川の色を
染めては消える
これは贅沢やなぁ
ふと隣の先輩をみたら
目に花火の光を映して嬉しそう
すぐ顔にでる
ほんと、子どもみたいな人だ
次はもうひっかからないけどね
今日は一緒にきて良かった
今夜の景色はまるで、
色を変えていく
一枚の絵をみているよう
そんな遠い夏の夜