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母の匂い

幼い頃、よく母と訪れた
小さなパン屋さん

交通量の多い旧道沿いにあった

木のドアをギーっと引くと
少し暗い店内が現れる

店の中は古い木の色に包まれて
その雰囲気はさながら魔女の宅急便のお店

トレーに食パンを一斤と香ばしいバゲット、
アンパンマンの顔をしたクリームパンをのせる

レジの間、壁にかかった実物大?の
アンパンマンのパンを見る

これがいつもの流れ

店の中に漂う焼いたパンの香り
レジでニコニコと笑うおばちゃんの顔

店長さんが病気になり、
お店がなくなってしまった今でも
ふと思い出す

一度でいいから、
あのおっきなアンパンマンの顔を
パクッと食べてみたかった

少し大きくなった頃、一時期、
母がパン屋さんを手伝うことがあった

その頃、
家の玄関を開けるとパンの甘い香りがした

台所、寝室、お風呂、
母が家事をした場所は
どこへ行ってもその香りが残っていた

そのせいか、パンの匂いがすると
母を思い出す

甘酸っぱいブルーベリーが練り込まれたベーグル
バターが強く香るホテル食パン
背にかかった砂糖の甘さがクセになるクロワッサン

休日のお昼に
よく買ってきてくれた思い出の味
淹れてくれた珈琲の湯気

同じものに出会えない寂しさと
あたたかな休日の記憶と

混ざり合ったおもいが
いつまでもあの頃を思い出させてくれる


写真 わかな様