【美術館を味わう⑤】視覚的欲求を、五感全てで消化すると何が残るのか。/青森県旅行記
なんと4ヶ月も更新していなかった。ほとんど存在すら忘れていた。せっかく旅行にも行ったのに、せっかく素敵な美術館をいくつも訪れたのに、書き残していないではないか。ようやく重い腰を上げて、まずはゴールデンウィークに訪れた青森の話をしたい。いくつかの美術館について書きたいので、今回は旅行記仕立てにしようと思う。
行こうと思ったきっかけ
ずっと青森に行きたかった。訪れたことのない未知なる土地に、気になる美術館がいくつもあるからだ。特に奈良美智の「あおもり犬」に会いたかった。数年前にテレビの特集で初めて存在を知り、大きい体と穏やかな顔から仏像のような神秘的なものを感じて、それ以来ずっと気になる存在だった。さらに2020年に弘前れんが倉庫美術館もできたので、いつ行こうかとタイミングをうかがっていた。訪れるタイミングは企画展合わせにしようと思って調べていたところ、ちょうどゴールデンウィークに池田亮司の展示をやるではないか。煉瓦造りの建物に展示される池田亮司の作品は、それはそれは想像しただけでも胸が踊る。東京から新幹線で3時間、ゴールデンウィークの旅先は青森に決定した。
旅行計画について
まだ弘前れんが倉庫美術館ができたばかりということもあり、青森のアートに関する情報がまとまっているものは少なく、計画を立てるのに不便だった。一番役に立ったのは、美術手帖の橋爪さんのSNS情報だった。なので、まずは自分で各美術館のHPなどから情報を調べて、簡単なガイドブックにまとめてみた。
行きたい美術館は、【青森県立美術館】【十和田市現代美術館】【国際芸術センター青森】【弘前れんが倉庫美術館】の4つ。八戸市美術館もできたばかりで気になっていたが、2泊3日でかなりタイトなスケジュールになってしまいそうだったので断念。この4箇所、青森全土に散らばっていて、それぞれがそれなりに遠い。行かれる方はまずはレンタカーなどの車移動をお勧めする。
その上で、宿をどこにするかを迷った。夕食などで外に出ることを考えると、青森市か八戸市起点も良いが、4箇所への動きやすさや、宿自体の楽しみも考えて、【星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル】に2日間連泊することに決定した。美術館の記録なので宿については詳しく書かないが、こちらの宿は大正解だった。どこに行くにも動きやすい立地だったし、何より宿のクオリティが高かった。そこまでグレードの高い部屋でなくても、広々していて窓から渓流も望める。
一晩、宿で夕食をいただいたが、青森で食べておくべきものがぎゅっと詰まったようなビュッフェで、しかも全て美味しく大満足だった。
さて、2泊3日、以下のように動いた。
1日目:新青森着→【青森県立美術館】→【十和田市現代美術館】
2日目:【国際芸術センター青森】→【弘前れんが倉庫美術館】
3日目:八戸八食センター→八戸発
結果、2日間で全美術館まわれたので、頑張れば1泊2日でもまわれるかもしれない。上記の動きで、各美術館はかなりゆったりまわれている。
それでは、それぞれの美術館について書いていきたい。4つもの施設を訪れることができたが、それぞれについて詳しく書く元気はないので、美術館に対するざっくりとした感想と、一番印象に残った作品(場所)を残していく。
美術館① 青森県立美術館
新青森駅から一番近く、最初に訪れた美術館。ここは、主に青森の作家さんの作品を所蔵している。楽しみにしていた奈良美智の「あおもり犬」や、それと並び象徴的な「森の子」も見ることができる。
青木淳さんが設計した真っ白な建物、菊地敦己さんが美術館のために製作したフォントやサインなど、綺麗に整った美術館といった印象だった。ギャラリーショップやカフェなどもあるし、アクセスも便利なので、青森観光に来たら、アートに深く興味がない人でも訪れたら楽しいのではないだろうか。
さて、私がここで一番印象に残ったのは、アレコホールだ。まるでニューヨークにある美術館のように、日本では珍しくとても天井の高い部屋。カラフルなArnold Circus Stoolが並ぶ姿も愛おしい。
これはシャガールのアレコを飾るために作られた部屋らしい。DIC川村記念美術館のロスコルームしかり、地中海美術館のモネの展示しかり、その作品のためだけに作られた部屋、というのはその作品の雰囲気に没頭できるので、とても好きだ。普段はアレコ全4作品のうち、3作品しか見ることができないのだが、期間限定で残りの1作品もフィラデルフィア美術館から移動してきている。圧巻の4作品に囲まれる体験をできるのは今だけのようだ。
「あおもり犬」も「森の子」もそうだが、青森県立美術館は、その作品が醸し出す空気を楽しみ、その感覚を持ち帰る、そういった印象だった。広大な土地ならではの、ゆとりある展示空間がそれを叶えているのだろう。
美術館② 十和田市現代美術館
青森のガイドブックなどで、最近一番見かけるのはこの美術館なのではないだろうか。それはロン・ミュエクのスタンディング・ウーマンやチェ・ジョンファのフラワー・ホースなど、写真映えするものが多いからというのが大きいだろう。他の美術館に比べて、訪れている人が若い印象があった。
金沢の21世紀美術館と同じ設計者の西沢立衛が設計しているということもあり、21世紀美術館と造りは似ていて、それをコンパクトにしたような印象だった。
この美術館の作品はインタラクティブなものが多くどれも面白かったが、印象的だったのは美術館の外にもアートが広がっているという点だ。向かいの広場に、草間彌生の作品でできたワークプールみたいなものがあったり、大きなゴーストがいたり、街中のアートを楽しむことができる。
その中でも面白かったのが、目[me]が元スナックに作ったアートだった。
美術館の中にあれば、ただ普通に馴染んでいるアートが、街中の、しかも建物の外から見える状態にあるとここまで違和感があるのかという驚きがある。
十和田市現代美術館は、アートによって実際に生み出される体験を体全体を使って楽しむ、というようなイメージだった。そういった美術館や企画展は他の場所でもいくつかあるが、それがしっかりと街に馴染んでいて、街全体のアート体験が楽しめるところがこの場所ならではだと思う。
美術館③ 国際芸術センター青森
この施設は他の3つと異なり、美術館というよりアートに関する複合的な施設というイメージだ。その中に展覧会スペースも保有している。
この施設の見どころはなんといっても建築である。安藤忠雄設計の建築は、「見えない建築」をコンセプトに自然に埋没するような建築になっている。実際に訪れてみて、自分自身がいつから建物に足を踏み入れたのかわからなかった。それくらい自然と融合していて、心地の良い空間になっていた。
美術館④ 弘前れんが倉庫美術館
今回訪れた美術館の中で、一番のお気に入りはここだった。田根剛による建築は、「建築の記憶の継承と、新たな空間体験の創出」をミッションに、築100年の「吉野町煉瓦倉庫」の面影を感じるものとなっている。基本的に企画展1つだけの展示となっているが、美術書が揃った興味深いライブラリーがあったり、別の棟にギャラリーショップとカフェもあったりと、じっくり楽しめる施設となっている。
この旅行を決めた理由でもある池田亮司の企画展は、期待通り良かった。作品一つ一つももちろん魅力的だったのだが、その作品がこの建物に展示されているというのが良かった。
美術館自体のミッションにふさわしく、古いものと新しいものが融合した結果、心地よい違和感のある展示となっていた。広い空間に、捉え方によっては少し荒っぽく感じるように突如置かれた作品たちは、東京では見ることのできない力を醸し出していた。
企画展以外にも過去の企画展の作品が一部残してあり、その中で印象的だったのがジャン=ミシェル・オトニエルの「エデンの結び目」だ。
これは企画展と正反対に、あたかも建築の一部であるかのように馴染んでいる。どうやら林檎からインスピレーションを受けた作品のようで、まさしくこの土地にある、この美術館のための作品といえる。
作品が建築に馴染むことの心地よさ、違和感が残ることの面白さ、それを両方味わえたのが、この美術館の面白さだと思った。
まとめ
4つの美術館について書いてみたが、それぞれ異なる特徴を持っていて、それぞれ違った楽しみ方ができる。作品の一つ一つも十分価値が高いが、美術館としてのクオリティも高く、それが4つも青森県に集まっているというのは凄いことではないだろうか。全ての美術館に共通していえる、地域に根付いているところも、東京都は違う温かさだったり、強さを感じられる所以な気がした。
2泊3日で4つの美術館に行く、という美術館漬けの旅は、海外旅行や芸術祭以外では初めてだった。旅行のきっかけは、「あおもり犬を見たい」「弘前れんが倉庫美術館の企画展が見たい」という視覚的な欲求だ。実際に訪れることで、その視覚的欲求を、音・匂い・触感・味覚などその他の感覚すべてを使って消化していくのを感じた。それぞれの美術館の特性が違うからか、消化のされ方がそれぞれの場所で違った気がする。どうやって消化されて、その結果何が自分の中に残るのか、それを記録していくことが自分の好きな物を突き詰めることに繋がる気がした。
ちなみに、今回の旅行で美術館以外で一番印象に残ったのは、すじこのおにぎりだった。青森は海鮮が有名でどれを食べても美味しいのだが、特にすじこは東京で食べるのとは段違いに美味しかった。一番幸せだった瞬間は、地域のコンビニ「オレンジハート」で購入できる巨大なすじこおにぎりを頬張った瞬間だったかもしれない。