そのスピードで
恋に落ちた後のスピードは速い。
一度解散したはずだったが、いつの間にか私は彼の部屋で2人きりになっていた。
「飲み直す」と誘って来た彼だったが、もう飲むお酒がない事はお互い分かっていた。
深夜に2人きりになる口実を作るために私は部屋から飲むつもりもないクラフトビールを持って来ていた。
「さっき皆んなで飲み過ぎちゃったから、2人で半分くらいがちょうど良いね。」
そう言いながら彼は手際良くクラフトビールをグラスに注いだ。
数ヶ月前に2人でご飯に行った時には感じなかった距離感。
以前は彼に性的な魅力を感じなかったが、今は凄く手を握りたいし肌に触れたいと感じる。
彼がその雰囲気を出して来た?
私が彼を恋愛対象として見始めたから?
それとも酔っているから?
理由なんてどうでも良いと感じた。
彼からの誘いで舞い上がり、歯を磨かずに来てしまった事に気付いた。
せめて口だけでもゆすいで鏡を見ようとバスルームを拝借した。
そこには慌ててシャワーを浴びて歯を磨いた形跡があった。
彼もそのつもりで、それがバレる事も厭わずに準備をしている姿を想像したら可愛らしくも感じた。
仕事で再会した運命と、異国の地で迎えるクリスマスと、彼の部屋で2人きり、お互いにキスをするつもりでいる、条件は揃っていた。
再びベッドに腰掛ける際に少し近付いて座る。
グラスは持っているけれど2人とも無言で飲もうとしない。
彼の方へ振り向くと、お互い引き寄せられる様にキスをした。
どちらからしたとも言えない絶妙なタイミングだった。
彼も様子を伺っていたようだった。
暫くキスをした後、私の手からグラスを取りサイドテーブルに置いた。
その流れで部屋の明かりを暗くした。
ここまで来たらそのスピードで先まで行く選択肢しかない。
今度は激しいキスをしながら、いつの間にかお互いの体に触れていた。
男女が無言でセックスをしようというこの瞬間はいくつになってもドキドキする。
ふと、久々に年の離れた人と致す事に不安になり「どんなのが好き?」と聞いてしまった。
「えっと…普通の?」とはにかみながら彼が返し、私も笑う。
おじさんの「普通」が分からなかったので、手を恋人繋ぎにしてみる。
正解だった様だ。
実際には普通ではなく、情熱的で長く、時にしつこいとも感じる時間だった。
若い時には沢山遊び、けれど今は久しぶりだったんだなと感じた。
おじさん世代は、女性が行為の後の腕枕が好きだと思っている。
彼もその一人だった。
「こっち来て良いよ。」
と彼が私を呼び寄せ、抱き締める。
今までのこなれた流れは不思議なほどにスムーズだった。
「いつもステイ先でこんな事してるの?」
と、意地悪そうに私が聞いた。
「いや、久しぶりだよ。」
ここは冗談で返しても良い所なのに、彼は実直に応える。
「本当かなぁ。」
と私は引き続き冗談まじりで返した。
暫く何てこと事のない会話をした後、彼がうとうとし始めたので私は自分の部屋に帰る事にした。
「もう帰っちゃうの?」
「うん…一人じゃないと寝れなくて。ごめんね。」
男女が逆転した様な会話だった。
ドアを開ける前に何度もキスをした。
廊下に出て振り返ると彼が見送ってくれていた姿が嬉しくて、再び駆け寄ってキスをした。
恋に落ちたらその後のスピードは速い。
そのスピードでこのまま走り抜けようと思った。