ベッドの中で愛を語れない
「今日も部屋に遊びに来る?」
彼からの誘いに、すぐに返したい気持ちを抑えて一旦考える。
実際には、一旦考えるフリをしただけで心はすでに決まっていた。
「先輩達とランチに行くので、その後行きます。」
恋に落ち、そのスピードでベッドインを果たした私達だが、肝心な話には触れていなかった。
私達は付き合っていないのだ。
好きだとか付き合うとか、そう言った会話を交わしていない。
私はベッドの中で愛を語れない女だ。
原因は最初に付き合った人の影響にある。
私が15の時、大学生だった彼は言った。
「好きから愛してるに変わったなって思った瞬間があったけど、セックスをしてる最中に伝えると、性欲に支配されている気がして嘘っぽいから言わなかった。けど、おとうふの事愛してるよ。」
20年以上前の会話なので朧げだが、そう言われて嬉しかった事だけは覚えている。
高校生だった私は、性欲盛んな彼氏がベッドの外で大事な気持ちを伝えてくれた事に誠実さを見出した。
不幸な事に、それ以来ベッドの中で愛を語る男達を信用しなくなった。
パンクロックを流し、実家の自室にシドビシャスのポスターを貼る男が私の愛の基準となってしまった。
それから暫くして大人になり、私を浮気相手にしている男達はベッドの中で愛を語らない事に気付いた。
相手は上手く隠せているとでも思っているのだろう。
実は結婚しているとか実は本命彼女がいるとか、事実を知っていなくても事後の雰囲気で勘付く様になった。
言葉にしなくても「セフレ認定されたな」と察する様になった。
私の悪い所は、察していても気付かない馬鹿な女のフリをしてその関係を続けていた事だ。
それ位、嘘をつく男達を何度も懲りずに好きになってしまったのだ。
「私達付き合ってるんだよね?」
「え、違うよ。付き合いたいなら俺はもう彼女いるから無理。もう会えないね。」
そう言われるのが怖い。
そんな怯えが根底にあるのだろう。
だが、それが仇となり過去には11年間の片思いを拗らせる事となった。
同じ過ちを繰り返さない為にも、今回こそははっきりさせなくてはいけない。
上司さんに話さなくては。
部屋を出る時はそう決意していた。
エレベーターに乗っている時は、何て言おうかなんて考えていた。
「セックスしたって事は、私達付き合ってるって事だよね?」
「曖昧な関係は嫌いなの。まずははっきりさせない?」
「付き合ってない人とはセックスしない主義なの。」
少し高飛車に感じる。
全くもって良い感じの言葉が見付からない。
「好きです。付き合ってください。」
「前から良いなと思っていて、付き合いたいな。」
何だか中学生の告白の様だ。
こんなやり取りをしたい訳ではない。
そうこうしているうちに彼の部屋に着き、ランチに何を食べたかなどお互い本当は興味のない話をした。
彼がまた部屋の照明を暗くして、顔を近付けて来たと思い目を閉じてキスを受け入れた。
そこからは頭の中が真っ白になり、気付いたら裸でベッドの中にいた。
そこに至るまで散々頭の中で考えてい事が一気にどうでも良くなる。
性欲に支配され、冷静な判断が出来なくなった。
「ここにキスされるのが好きなんだ。」と昨日私が言った事を律儀に覚えていて、執拗にキスをして来る。
そんな事は平気で言えるのに、どうして私は「あなたの事が好きなんだ」とひと言告げる事が出来ないのか。
自分の駄目さ加減にうんざりしながらも、
「ああ、もうベッドの中に入ってしまったので愛を語れない。」
そんな言い訳をしながらその日も快楽に溺れて行った。