落選作品を晒します
はじめに
初めましての方もそうでない方も、どうも、小池宮音です。しがないモノカキです。初めてnoteを使用します。使い方が分からず戸惑ってます(笑)読みづらかったらすみません💦
さて、なぜnoteを書こうと思ったのか。実はとある文学賞に応募した作品が一次選考、二次選考を通過し最終候補に残ったものの、受賞には至りませんでした。これはまぁ受賞せんやろ、と思っていましたので、逆に最終候補に残ったことが驚きの作品でして。
そんな作品を、晒そうと思います。
「こんなのが最終候補に残るんや。だったら私のは即大賞やん!」というくらいの自信にしていただきたいです。いやマジで。
最終に残ったのは218編中8作品だったようで、その中に入れていただいたことは大変感謝しております。選考委員の皆さま、ありがとうございました。
応募時は400字詰め原稿用紙20枚でした。Web上では空白行入れて読みやすくしています。よかったらお付き合いください。
ちなみに公募名ですが「第55回中国短編文学賞」です。
それでは本編をどうぞ!
人は見た目、ではない。
私の働くコンビニにも「常連さん」という居酒屋みたいな人がいる。ほぼ毎日同じ時間に来てほぼ同じものを買っていくので、私はきっとこの人のルーティンなんだろうな、と憶測している。例えば今、店内に入ってきたサラリーマン風のお客様。少し猫背で下を向きがちな彼はきっと、朝起きてスーツを身に纏ってコンビニへ行き、ツナマヨおにぎりとブラックコーヒー缶を買うとようやく目が覚めるのだ。そのまま仕事へ行き、部下たちの面倒を見ながら自分の仕事をこなす。そして誰もいない薄暗いアパートに帰り、ため息を発泡酒で飲み込むのだ。シャワーを浴びて床に就いたら、イビキをかいて泥のように眠る──
きっとこの人の一日はこんな感じだ。
これはあくまでも私の憶測あって妄想である。全くの赤の他人であるので、本当にそんな生活をしているのかは知らない。妄想は私の趣味だ。知らない人の人生を勝手に考えるのは楽しい。人には言えない、秘密の趣味。
「佐々木さん、レジお願いできますか?」
フレームの細い黒縁眼鏡を掛けた生真面目そうな四十五歳のヒョロヒョロ店長(男)が、品出し中の私に言った。店長は年上にも年下にも敬語で接する。礼儀正しいと言えば礼儀正しいが、威厳が無いと言えば威厳が無い。私が思うに見た目は地味で頼りなくて、風が吹けば飛んでいきそうなほど薄っぺらいアルバイト先の店長は、車の名義も家の名義も奥さんで収入も奥さんの方が上なのでうだつが上がらない、かかあ天下一家だ。尻どころか全身に敷かれ、娘や息子にもこき使われる。唯一の癒しは他人が散歩している犬を見ることと、応援しているアイドルグループの活躍をテレビで見ること……
「さ、佐々木さん……? お願いしてもいいのかな……?」
あぁいけない。また妄想の世界に入り込んでしまった。私はただの大学生アルバイトであるので目上の人から言われればすぐに動かなければならないというのに。
「はい喜んで!」
ピロリン、と店内に入店音が鳴り響く。
ここは居酒屋ではなくコンビニである。
***
「八百八十円ちょうどちょうだいします。ありがとうございました」
アルバイトの中で私が一番好きな仕事はレジ打ちである。お客様と直接やりとりができるし、たくさんの商品を買われたとき、レジ袋に綺麗に詰めることができたらその日は大吉を引いた気分になるからだ。
「佐々木サン、おはよございまス」
片言の日本語でバックヤードから出てきたのはベトナム人のグェン・ヴァン・ロン君だ。彼はコミュニケーション能力に長けていて、冗談も言ってよく人を笑わせる。個人的に次期店長になってほしいと思っている。
「ロン君、おはよう」
彼の人生を妄想したところによると、社交性が高いので家族みんなが仲良しで、ベトナムにいた頃はよく親戚中が集まって夜な夜なパーティーが行われていたんだと思う。今はベトナム人の大人しい友人とルームシェアをしているらしいので、夜のパーティーは我慢していて、ベトナムに帰りたいと思う時もあるけれど日本も楽しいのでここで頑張ろうと思っている。
……全部妄想なので本当のところはどうなのか知らない。
「いらっしゃいませぇ」
入店音とともにお客様が入ってきた。見かけない顔の若い女性だ。フラっと立ち寄ったのだろう。デザートコーナーで何を買うか悩んでいるようだ。
黒髪をひとつに束ね、パンツスーツを着こなしている彼女はきっと就活生で、これから面接に行くのだろう。浮かない顔をしているところから察するに、あまり希望する職種ではないのだろう。すでに十三社落ちていて面接前に少しでも気分を上げようとコンビニスイーツを買いに来た。面接が終わって家に帰ってお母さんにアレコレ聞かれるの嫌だな、なんで実家暮らししてるんだろ、とひとつため息をついてレジに向かう……レジには私とロン君がいる。さて、どっちに来るか。
日本人はどちらかというと日本人を信じているので、外国人がレジにいる場合、日本人の方に行く傾向があると思う。だから私の方に来るかな、と思ったのだが。
女性はレジにいる日本人とベトナム人を見て一瞬だけ足を止めたが、手に持ったデザートひとつをロン君の前に置いた。
「……お願いします」
「お預かりしまス」
一見さんはなぜか私のところではなくロン君のところへ行く。きっと彼の人の良さが顔に出ているからだろう。私がニコリと笑ってみせてもどうもぎこちないらしい。笑顔が苦手なわけではないのだけれど。
「ポントカード、お持ちでスカ?」
ロン君はマニュアル通り女性に聞くが、彼女は「ポント、カード……」と呟いて逡巡し、財布からおもむろに一枚のカードを取り出した。タヌキのキャラクターが描かれたポイントカードだった。それは青い店構えのコンビニのポイントカードで、うちでは使えない。ロン君は「チガウ」と首を横に振った。
「レンタルビデオ屋か、ケータイ会社のポントカード」
「……あぁ!」
ポントカード=ポイントカードという意味を、若い女性は理解した顔になった。
私はこのやりとりを見るのが結構好きだった。一見さんは大体この女性と同じ行動を取る。ロン君も『ポイントカード』って絶対言えるはずなのに敢えて言わずにお客様の反応を見て楽しんでいるようなので、彼はかなり日本が好きらしい。
「ありがとございまシタ」
日本人より丁寧なロン君のことは、私も大好きだ。
コンビニを出た彼女がこれから受けに行く面接の会社を妄想しようとしたら、したり顔のロン君が嬉しそうに私に話しかけてきた。
「佐々木サン、見てタ? またタヌキカードだったヨ。日本人、面白いネ」
きっとこういう陽気さが私には足りないのだろう。想像力は誰にも負けていない自信はあるけれど。
「ロン君の方が面白いよ」
「ソウ? 嬉しい」
笑った顔もかわいい。
「あら、今日はロン君とレジ? じゃあ佐々木さんにお願いしようかな」
いつの間にご来店されたのか、よくこのコンビニを利用される五十代半ばくらいのオバサン……お姉さんが、私の前にカゴを置いた。私は「いらっしゃいませ」と笑顔(のつもり)で対応する。カゴの中はいっぱいで、ロン君がサッカーに入ってくれた。
「今日は暖かいわねぇ。むしろ暑いくらい」
「もうすぐ春ですからねぇ」
バーコードをスキャンしながら私は考える。彼女は髪が紫、着ている服が髪と同系色の花柄で、両指に金色の指輪がいち、にぃ、さん個着けている。大きくて白い犬が似合いそうなこの方は、きっとお金持ちのセレブに違いない。現にスーパーより物価が高いコンビニでカゴいっぱいに買い物をしている。中身はスパゲティーや幕の内弁当、鮭弁当、牛丼、サラダチキンなどの食べ物類、あとは500mlの緑茶が数本。さすがにこの量を一人で食べるとは思えないから、多分彼女はどこかの社長でこれらは社員への差し入れなのだろう。時間もお昼前でちょうどいい。気さくな感じは社長という立場におごっていないので、きっと社員からは好かれる社長なんだろう。知らんけど。
お支払いを電子マネーで済ませた社長さん(多分)は「ありがとう。また来るね」と手を振ってコンビニを後にした。
「佐々木サン」
「何、ロン君」
「さっきの人、絶対ボクに気があるヨ。だって、佐々木サンのレジに行ったってことは、ボクだと緊張しちゃうからデショ?」
「……そうかもね」
自意識過剰なロン君もかわいい。
このように店長、私、ロン君の三人でよく一緒に仕事をすることがあるのだが、もう一人たまにシフトがかぶる人がいる。それは菊池さんだ。
「はざまーっす。よぉしくおねしゃーす」
菊池さんは美容専門学校に通う子で、見るからに『ギャル』といったような出で立ちだ。髪の毛は複雑に絡み合いながらも綺麗にまとまっていて、コンビニの制服を纏ってはいるが第一ボタンは全開、胸ポケットに挿してあるボールペンはキラキラにデコレーションされている。彼女の生い立ちを妄想するに、女手一つで育てられ、中学に入った頃から少しグレて何度か補導。高校に入ると少し落ち着いて美容師になりたいという夢を見つける。迷惑をかけてきた母親の負担を少しでも軽くするため、コンビニでバイトしている……といったところか。もちろん妄想なので実際の生い立ちがどうなのかは知らない。
「佐々木さん、今日もイカすっすね」
親指を立ててニカっと笑う菊池さんは、ロン君に負けず劣らずかわいい。私は「ありがとう」とお礼を言うに留めてトイレ掃除へ向かった。
***
店内にはいつも音が流れている。コンビニのCM曲だったり、今月の新商品の紹介だったり。芸能人の声が店内を駆け回り、上手い宣伝文句につい商品に手が伸びてしまう。そんなお客様を幾度となく見てきた。そういう人たちは大抵、周りの意見に合わせて波風立てずに生きていきたい平和主義者だ。自分の意見がないわけではないが、衝突してまで言うことではないと引っ込めて、ニコニコ笑っているだけ。周りからよく思われたいだけで腹の中は真っ黒なのだ。
ということを私はゴム手袋をつけた手でトイレブラシを持ち、便器をゴシゴシ擦りながら考える。コンビニのトイレは綺麗とは言い難い。ここのコンビニは近くに飲み屋がないので吐瀉物があることは滅多にないのだが、飲み屋が近くにあるコンビニのトイレは常に吐瀉物の倉庫となるらしい。自分の汚物は自分で処理して欲しいものだ。
「キャーッ!」
突然、店の方から甲高い叫び声が聞こえた。何事かと思っていると「金出せゴルァ」という声も聞こえてきた。強盗か。私はトイレブラシを持ったままトイレから出て様子をうかがった。
レジには黒い覆面をかぶった人が菊池さんに対してカッターナイフを突き出しているのが見えた。菊池さんは両手を上げて降参のポーズを取っている。店内にお客様は三人ほどいた。店員は菊池さんと私のみ。ロン君と店長は休憩中だろう。
「ここにレジの金を入れろっ!」
強盗犯がボストンバッグを机に置く。声を聞く限り男の声だが、風邪を引いているのか少し鼻声だ。「早くっ!」とカッターナイフを横に空振りして菊池さんを急かす。彼女は「うぃっす」と軽く頷いてレジを開けた。
私はゆっくりと強盗犯の背中に忍び寄る。前しか見えていない強盗犯は私に気づいていないようだ。近付いて「あの~」と声を掛けると、強盗犯は肩をビクリと震わせ勢いよく私を振り返った。
「誰だっ……」
振り返って、固まった。私は強盗犯の前に突っ立っているだけである。強盗犯は目を忙しなく上下に移動させて私を見て、絶句している。どうやらもう一押しらしい。持っていたトイレブラシを掲げると、強盗犯は一瞬で顔を真っ青にして「し、失礼しましたぁぁぁっ!」と叫びながらコンビニから出て行った。
「佐々木さん、ナイスっ!」
菊池さんが親指を立てて私を称えてくれた。嬉しいような、悲しいような。「菊池さんに何もなくてよかったよ」と笑いかけると「そうそうその顔」と指を差された。
「佐々木さん、人はいいんだけど見た目が怖いんだよね~。右目の傷といい刈り上げた金髪といい、どう見たって元ヤクザだもん」
すると店内にいたお客様三人がこぞって頷いた。
「僕も最初この店に来て君を見た時、『怖っ』って思ったよ。身体大きくて目つき悪いし声も低いから」
「私もそう思いました! 思わずレジ、避けちゃいましたもん。今ではもう慣れましたし、いい人だって分かってるんで大丈夫ですけど」
「私も同じ。今の姿だって初めて見る人だったら『殺される』って瞬時に思うんだろうけど、常連客からしてみればむしろかわいくない? だって肘までのゴム手袋にトイレブラシ持ってるんだよ? 似合わないけど似合うよね」
分かるー、とお客様三人と菊池さんはすっかり盛り上がってしまった。うーん、何とも複雑な気分である。
元ヤクザではないかと言われた私ではあるのだけれど、見た目がそう見えるだけであって、ただの男子大学生でいたって普通の家庭で育てられた。目つきが悪いのは父親に似たせいであるし、右目の傷は昔飼っていた猫にやられた傷だ。しかも嫌がる猫を無理矢理抱きしめようとした結果であって、完全に自分が悪い。髪の毛だって美容師の見習いである友人に頼まれて練習台になってあげただけで、自分から頼んだわけではない。
「刃物を下ろしなさい! ……ってあれ、強盗、帰った?」
バックヤードから店長が出てきた。その後ろから頭に鍋、手におたまを持ったロン君も辺りを警戒しながら出てくる。
「大きな声がしたカラびっくりしたヨ。みんな無事だネ?」
わが身を第一に考えている格好で店長のセリフを平然と吐くロン君。思わずみんなで苦笑した。
それから警察が来て事情聴取や防犯カメラの確認などが行われ、本日の業務は終了した。外に出るとすっかり陽が落ちていて真っ暗だった。思ったより時間が取られて本来のアルバイト時間よりオーバーしてしまった。時間外手当がつくだろうか。
「ずっと気になってたんスけど、コンビニ強盗でボストンバッグってデカくないスか? 銀行じゃあるまいし、コンビニにそんな大金あるわけないじゃん? マジウケた」
菊池さんはケタケタ笑いながら真っ赤なママチャリに乗って颯爽と帰っていった。言われてみれば確かにそうだ。菊池さんは着眼点が面白いな。するとロン君が私を見た。
「佐々木サン、知ってましタ? 菊池サン、お母サンとお父サンと弟と妹の五人家族デ、みんなでハワイ旅行に行きたいカラ働いてるんダッテ」
「え、そうなの? 家族思いなんだね」
てっきり女手一つで育てられたんだと思っていた。まさか五人家族だったとは。
「あとネ、店長はネ、すっごく頼りになるヨ。今日もネ、強盗が入った時、ボクたち裏にいたデショ? ボク、菊池サンを助けに行こうとしたケド店長に『ボクが行くから』って止められタ。出たら強盗いなかったケド、店長の背中、大きかったヨ、すごク」
話しながらロン君は顔を真っ赤にして力説してくれた。どうやら、店長はいざとなれば頼りになる人だったらしい。だとすると家庭で奥さんの尻には敷かれてなさそうだな。
「そういえば店長が教えてくれたケド、時々来る指輪たくさん着けてるオバサン、ギャンブルで稼いでるらしいヨ。馬と船とパチンコと……結構当たるんだっテ。羨ましいネ」
え、あのオバサ……お姉さん、どこかの社長じゃなかったのか。じゃああの弁当はもしかしたら仲間のギャンブラーに配るようだったのかな。ことごとく私の妄想が外れている。まぁ当たろうが当たらまいが私には一銭も入ってこないのだけれど。
「ロン君は……」
「ナニ?」
「ロン君はベトナムで夜な夜な親戚たちとパーティーを開いてたの?」
「ハ? 何言ってんノ、佐々木サン。ボクんち親戚なんていないヨ。お父サンとお母サンとおばあちゃんダケ。農家だし、パーティーなんか開く余裕ないヨ。だから日本来たノニ」
ロン君は心底呆れた顔をして「じゃあお疲れ様デシタ」と帰っていった。私は動揺を隠すように「お疲れー」と陽気に手を振る。
……そうか、私の妄想はことごとく外れたか。人を見た目で判断するな、とは誰の言葉だったのか。言い得て妙である。
暗闇の中、ガラス窓から漏れ出るコンビニの光。二十四時間年中無休。この箱には休みがない。
遠くからバイクの音が聞こえた。暴走族みたいな爆音を鳴らし、どんどんと近づいてくる。どうやら一台だけではなさそうだ。そのうちコンビニの駐車場に三台続けて入ってきた。ちゃんと三人ともヘルメットを着用しているので暴走族というわけではなさそうだ。
ブンブンふかしながら三人は思い思いの場所に停車した。ヘルメットを脱いだ姿を見て驚いた。赤髪、緑髪、黄髪の信号色だったのだ。夜で暗いからそんなに明るくはないけれど、日中だと眩しいくらいの色をしているのではないだろうか。そんな三人のことをつい妄想してしまう。
彼らはただ光っているだけの信号機に憧れを抱いたのではないだろうか。進めと止まれを繰り返して人々にタイミングを出すだけの仕事。幼馴染の三人はどこに行くのも一緒で、単体だと何もできないチキン野郎。買い物に行くのも服を選ぶのも病院に行くのも三位一体とならなければ行動できない。まるで赤青黄色三色ワンセットになっている信号機みたいだ。そうだ、じゃあ髪の色を信号機にしようよ。そうだな、グループ名は『シグナル』でどうだろう。いいなそれ最高。 青は進め、赤は止まれ、黄色は気をつけて進めじゃないよ、止まれだよ──
彼らを妄想していると、赤髪と目が合った。そして彼は固まった。緑髪と黄髪が不審に思って赤髪の視線を辿る。二人とも赤髪と同じように固まった。そして口を揃えて言う。
「すみません、今すぐ立ち去ります!」
来た時の勢いはどこへやら。ハイブリッドバイクだったのかと思うほど静かに発進して、三人は夜の闇に消えていった。
人の顔を見て立ち去るなんて失礼な話だ。人は見た目ではないというのに。
私はひとつため息をついて歩き始めた。
(了)