スマイル・アゲイン 第10話
わたしがひよりの闘病生活について話している間、守永さんは静かに話を聞いていた。
ひよりの最期までを話し終えて、部屋の中が雨音だけになっていることに気が付いた。いつの間にかテレビが消されている。
「ひとつ救いだったのは、鎮静剤をかけることなく、意識がある状態で看取れたことです」
雨音が響く部屋の中で、沈黙が降り立った。
もう話すことがなくなり、隣に座る守永さんを見ると、彼は優しい目で微笑んでローテーブルに置いてあった箱ティッシュを静かに引き寄せた。
同時に目から頬にかけて温かいものが流れる。いつの間にか泣いていたようだ。
とても久しぶりに泣いた気がする。1枚ティッシュを引き抜いて目元に当てる。でも、すぐ足りなくなった。一度流れた涙は止めどなく溢れ、嗚咽まで漏らしていた。
それでも守永さんは静かに隣に居てくれた。手を握るでも抱き寄せるでもなく、一定の距離を保ってただ隣に居てくれた。
それはまるでひよりの闘病中、家に帰ってきて泣いていたわたしに、そっと寄り添ってくれたつぼみのようで、余計に泣けた。
アルコールが入っていたせいもあるかもしれない。自分の意思とは関係なく流れる涙は、なんだか気持ちが良かった。
わたしは誰かに聞いて欲しかったのだろうか。あんなに他人に話すことをしなかったのに、『聞いて欲しいことはないか』と言われただけでスルッと口からひよりの話をしていた。もし隣に居るのが守永さんじゃなくて莉衣菜ちゃんや羽原君だったら、例えお酒を飲んでいたとしても話してないだろう。
やっぱりわたしにとって守永さんは特別なのかもしれない。声を聞いたり、顔を見ただけで安心できる存在。本当に兄みたいだ。
この人にはわたしの全部を知ってほしい。この感情をなんて呼ぶのかは分からないけれど、守永さんにだったら全てをさらけ出せる気がする。
窓を叩く雨音は、少し静かになっていた。
泣きながら安心したわたしは、突然の眠気に襲われた。部屋の主より先に寝るなんてダメだと思いつつも、目が段々と閉じていく。意識が遠のく中、「話してくれてありがとう」と優しい守永さんの声が聞こえた気がした。
小鳥のさえずりで、目が覚めた。
重たい瞼をゆっくりと開けた時、いつもと違う光景が目に入ってきて「あれ、ここどこだっけ」とちょっと焦った。上半身を起こして薄い布団が掛けられていることに気付く。
キョロキョロと辺りを見回して、自分がベッドで眠っていたことを理解した。
あれ、おかしいな。昨日リビングで寝た気がするんだけど。
まだ完全に起ききっていない頭で、ゆっくり立ち上がって寝室を出る。ガチャリとドアを開けてローテーブルのある床に転がっている人物を見て目が覚めた。
部屋の主を床で寝かせて、泣きまくった他人がベッドを占領していたらしい。わたしがここで寝るって言ったのに。恥ずかしさで顔が一気に熱くなった。
しかもわたし昨日の風呂上がりからスッピンじゃないの? いや、元々薄化粧だけれど、付き合ってもない男性の前で塗装をはがして酔って泣いてさらけ出しすぎてない? 確実に呆れられる案件じゃないか?
「……んー? あ、さくらさん……おはようございます……よく眠れました?」
立ち尽くしていると、気配に気が付いたのか守永さんは目を覚ました。ふわぁと欠伸をして上半身を起こす。タオルケットもなにも掛けていない状態を見て、わたしは「ごめんなさい!」と頭を下げた。
「わたし、飲んで泣きわめいて眠りこけて、もう迷惑しかかけてなくて本当にすみません! 部屋の主に固い床で眠らせてしまって……全然放っておいてくれてよかったのに……」
これでもかというくらい頭を下げると、守永さんは少し怒った声で「さくらさん」とわたしの名前を呼んだ。やっぱり呆れてる? 顔を上げて目を合わせる。
「よく眠れた?」
「えっ」
「よく眠れた?」
俺の質問に答えろ、と目で訴えられた気がしたので、わたしは小さく頷いた。
「はい、お陰様で眠れました」
「それなら良し」
守永さんは満足そうにえくぼをへこませた。
呆れられてないことに安堵する。と同時にわたしはこの人には敵わない。そう悟った。
時刻は朝の6時。日曜日で、守永さんはお休みらしい。わたしも休みだったので、2人とも急ぐ必要がなかった。「トーストと目玉焼きで良ければ食べてください」と言われたので、ありがたくいただくことにした。
昨日の豪雨が嘘のように、外には太陽が昇り始めていた。
「当直の同期曰く、駐車場の水はもうないらしいですよ。道路はまだ水たまりがいくつかあるところがあるみたいですけど、災害までは起こらなかったって」
スマートフォンを見ながら守永さんは教えてくれた。それを聞いてホッとする。大事にならなくてよかった。
守永さんが用意してくれたトーストと目玉焼きを一緒にいただきながら、テレビを見ている彼にそっと視線を向ける。黒くて細い髪の毛に少し寝癖が付いていて、可愛いなんて思ってしまった。アイドル顔の無防備な姿に、ちょっとドキッとする。
「あの、昨日は、本当にすみませんでした」
ひよりのことをベラベラ話して、挙句泣き疲れるという暴挙に出たことを詫びた。守永さんは面食らった顔をした後、首を横に振った。
「俺は話してくれて嬉しかったですよ。誰にも話せなかったことだったんですよね? それだけ俺のこと信用してくれてるんだって思ったら、嬉しかった」
わたしはその言葉にまた涙がせり上がってくる気配がして、グッと堪えた。2歳年上のアイドル顔は、人を甘やかすのも上手いらしい。
なにからなにまでしてもらうのは悪いので、食べたお皿は洗わせてもらった。部屋の掃除まで申し出たが、朝早いから、と断られてしまった。それもそうだ。うちと違ってここはマンションだし。
「本当にお世話になりました。この御恩は必ずお返ししますので」
午前8時。少しゆっくりさせてもらって、わたしはお暇することにした。
「じゃあ、今度はさくらさんのおすすめのお店に連れてってください」
「はい、是非ご馳走させてください」
病院の駐車場まで送ってくれると申し出てくれたので、慣れない道に迷いかねないわたしは、お言葉に甘えた。
乾ききらなかったスニーカーは重たく、雨上がりの空気は少し湿っていてアスファルトの匂いがした。あちこちに水溜りがあり、凄まじい量の雨が降ったんだと物語っている。
ふと今わたしは守永さんから借りたTシャツとジャージのズボン姿だったことを思い出した。途端、恥ずかしくなる。隣を歩くこの服の持ち主はスウェットで、他人が見たら朝の散歩をするカップルに間違われないか不安になったが、日曜日の朝早い時間だからか、幸い誰ともすれ違わなかった。
誰もいない駐車場に着き、エンジンをかけて自分の車が無事なのを確認して、今度こそ守永さんに別れを告げる。
「本当に色々とありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ色々話してくれてありがとう」
まだ寝癖が直っていない髪の毛に、思わず口元が綻んだ。
それじゃ、と発進しようとすると「さくらさん」と呼び止められた。
「また、ご家族の話、聞かせてください」
「えっ」
そんなこと言われるとは思ってなかったので、咄嗟に返事ができなかった。また話してもいいのだろうか。重い話で嫌じゃなかったのかな。そう思っていることがバレたのか、守永さんは小さくため息を吐いた。
「さくらさん。さっきも言いましたけど、俺は嬉しかったんです。さくらさんが俺のこと知りたいって思ってくれて色々質問してくれるように、俺だってさくらさんのこともっと知りたい……ダメですか」
そんなに眉尻を下げて言われたらダメだなんて言えない。そもそも聞いて欲しいのはわたしの方だ。
「いえ、また話させてください。質問も、是非してください」
そう言うと守永さんはえくぼをへこませて笑った。
発進した車を、見えなくなるまで見送ってくれた。それはまるで久しぶりに実家に帰ってきた妹を、名残惜しそうに見送る兄のようだった。でも本当に名残惜しいと思っているのは兄ではなく妹だ。もっと聞いて欲しい話があって、でも帰らなくちゃいけなくて。後ろ髪引かれる思いというのはこういうことなのか。
わたしは守永さんが好きだ。ただし、恋愛感情の好きではない。人間として好きなのだ。
『俺だってさくらさんのこともっと知りたい』
さっき守永さんが言ってくれた言葉を思い出す。わたしが守永さんのことをもっと知りたいと思うように、彼も同じことを思ってくれていると知れて、嬉しくなった。これでようやく対等になれた気がする。
家に帰ってつぼみに出迎えられ、しかしいつもと違う匂いがしたのか、しきりに鼻をヒクつかせた。
わたしは彼女の頭をひと撫でして、そのまま仏間へ向かう。
「ただいま」
仏壇の前に座って手を合わせる。昨日、あなたたちのことを初めて人に話しました。また聞いてくれると言ってくれて、嬉しかったです。
小学生の日記みたいな感想を心の中で言い連ねる。
そう言えば守永さんのことをみんなに言ってなかったな。
えーと、守永さんは、毎朝わたしがバイトをしているカフェで、ココアのSサイズを買いに来る、アイドル顔の放射線技師です。仲良くなったきっかけは、バイトの帰り途中で彼が貧血で倒れているのをわたしが介抱したことです。
それから、わたしが盲目のおじいちゃんを案内していると、彼もいっしょに来てくれて、介抱してくれたお礼と言って社員食堂で親子丼をご馳走してくれました。色々な話が聞けて、楽しかったことを覚えています。
その後に案内のお礼としていただいたhitotoseのフィナンシェ……お供えしたやつは、とっても美味しかったです。
わたしがひよりの夢を見てちょっと落ち込んでいる時に、ラーメンを食べに行きましょうと言ってくれて、この人は本当に優しいなと思いました。
羽原君の代わりに初めて夜勤をした時、いつもココアを飲んでいるイメージだったのに、アメリカンコーヒーも飲むんだと知った時は、少し驚きました。
それから連絡先を交換して、時々やり取りをしました。守永さんが2日間の出張に行って顔が見られなかった時は少しだけ寂しかったです。
ラーメンも一緒に食べに行きました。スープが美味しくて、話が弾んで、わたしばっかり質問してしまったけど、楽しそうに答えてくれたので良かったです。
でも、あまりにも近付きすぎたので、離れようとしました。すると無意識のうちに莉衣菜ちゃんと羽原君からも離れようとしていたようで、「冷たい」と言われてしまいました。
でも彼は何も言いませんでした。もしかしたら放射線技師なので人の気持ちも見えるのかもしれません。……すみません、それはないですね。
大雨に見舞われた昨日、わたしは遠慮したのに年上命令を発令され、守永さんの家に避難させてもらいました。お酒も飲んで、気分が良くなったわたしはまた色々守永さんに質問して、そろそろわたしにも質問があるんじゃないかと聞きました。
その答えに、わたしはひよりのことを打ち明けていました。
『何か話したいことはありませんか? 聞いて欲しいこととか』
あれはきっと魔法の言葉だったのだと思います。そうか、彼は魔法使いなのか。話していて腑に落ちました。人を甘やかすのが上手い魔法使い。希望を持っている頑固者の魔法使い。
——以上が守永侑希さんという人です。ご清聴ありがとうございました。
さてそろそろ着替えるか。そう思って立ち上がって、わたしはふと疑問に思った。
守永さんはどうやってわたしをベッドまで運んだのだろう。
***
梅雨が明け、本格的な夏がやって来た。朝からセミの鳴き声を聞いてしまい、それだけで暑くなる。
守永さんは以前と変わらずわたしに接してくれたし、わたしももう離れようなんて思わず、普通に接していた。
「さくらー。ちょっとシフトの相談良い?」
レジ係のわたしの元に、バックヤードからバインダーを持った羽原君が近付いてきた。わたしは頷いて対応する。
「この日なんだけど……」
2人でバインダーを覗き込んでいると、ドリンク担当の莉衣菜ちゃんが「いらっしゃいませー」とワントーン高い声でお客さんを出迎えた。
「あの、えっと、アイスココアSサイズをひとつ、お願いします」
このしどろもどろな声は守永さんだ。顔を上げると、守永さんもこちらを見ていて、目が合った。お互いに小さく会釈する。
すると、守永さんの目線がわたしの隣に移動した。つられて辿ると、金髪で耳に小さなピアスを着けた羽原店長だった。バインダーに視線を落としていた羽原君は、ふと顔をあげて守永さんに気付く。お会計をするためにレジへやってきた守永さんは、頭ひとつ分背の高い羽原君を一瞥して、わたしに微笑んだ。
「おはようございます、さくらさん」
「あ、はい、おはようございます」
100円玉を受け取ってレジを打つ。すると後ろから羽原君が「いつもご利用ありがとうございます」と、店の責任者らしいセリフを言った。本当にセリフみたいで、その声に感情はこもっていない。
「いえ。僕、ここのココア好きなんで」
対する守永さんはにこやかに返す。ただ何となく、周りの空気が冷たい気がする。どうしたんだろう。
レシートを渡すと守永さんはわたしに向き直って「さくらさん」と言った。
「はい」
「ちょっとお話があるので、お仕事が終わったら連絡いただけますか」
話? なんだろう。
「はい。分かりました」
それじゃまた後で、と莉衣菜ちゃんからココアを受け取った守永さんは、去っていった。半袖の白いユニフォームから覗く腕は、白くて細い。無駄な肉がない分、筋肉が際立って見えた。華奢なのに、ちゃんと男性だ。
「ちょっとさくらちゃん! なに、話って! もしかして告白⁉」
完全に守永さんの姿が見えなくなってから、莉衣菜ちゃんが興奮したように声を上げた。
「告白? まさか。何か別の用事だよ」
「店長、どうするんですか⁉ 常連さんにさくらちゃんが取られちゃいますよ!」
何故か羽原君に食って掛かる莉衣菜ちゃん。しかし羽原君は興味無さそうに「別に」と言った。
「いいんじゃない? 俺には関係ない」
そのままバックヤードへ戻っていった。あれ、シフトの相談は良かったのかな。
「なに、どうしたの店長。いつもなら『うるさい』とか反撃してくるのに」
「疲れてるんじゃない? ここのところ連勤してるし」
わたしがバイトに来れば必ず羽原君がいた。多分朝から晩まで、なんなら次の日の朝まで1日中いるんじゃないかと思う。24時間営業だからか、いつでも責任者がいないといけない、という勝手な責任感が羽原君をここまで働かせている気がする。副店長もいるんだから、交代でやればいいのに。
高校の時からそうだ。彼はケガをしても自分がキャプテンだから、と休むことはしなかった。手を抜くことを知らないのかもしれない。
すると、莉衣菜ちゃんがコソッと耳打ちしてきた。
「莉衣菜、気になってることがあるんだけど、もしかしてさくらちゃん、店長に告白されたことある?」
突然の質問に少々面食らったが、ここで嘘をついても仕方がないので正直に答える。
「うん。高校の時だけどね」
卒業する1週間前に、羽原君に呼び出されて「ずっと好きでした」と言われた。高校1年からずっと、わたしのことを想ってくれていたようで、全然気が付かなかったわたしはかなり驚いた。それにわたしは羽原君のことをそういう目で見ていなかったので、申し訳なく思った。
「ごめん。羽原君はずっと友だちというか、仲間だと思ってた」
バスケ部のメンバーはみんな仲間で、恋愛対象として見たことがなかった。他の女子マネージャーは男子部員とくっついたり離れたりしていたようだが、まるで興味がなかった。わたしにとっては部活が恋人だったのだ。羽原君的には、そこが良かったらしい。
「他の女子マネに比べて部員に媚びないし、気配りが平等だし、手際が良いし、でもちょっと冷めてるところが好きなんだ」
そう言われて悪い気はしなかった。仕事ぶりを評価されて、嬉しくないわけがない。それに好きだと言われて嫌悪感を抱くほど恋愛が悪いものだとは思っていない。冷めてるというのは手放しに喜べる表現ではなかったが。
「付き合いたいとか今更思ってないから、気にすんな。ただ、卒業前に気持ちを伝えたかっただけだから」
金髪の今とは似ても似つかない黒髪姿で、羽原君は白い歯を見せて笑った。その姿は今でも思い出せる。床を蹴るキュッキュッというシューズの音が漏れ出る、放課後の体育館裏。
「やっぱりそうなんだ」
莉衣菜ちゃんが少し悲しそうな顔をして俯いた。どうして彼女がそんな顔をするのか分からないが、わたしは「もう6年も前の話だよ」と苦笑した。
「うん。分かってる」
莉衣菜ちゃんは顔を上げると、困ったように笑って「ごめん、変なこと聞いて」と、それきりなにも喋らなくなった。彼女は彼女なりに何か考えることがあるのだろう。わたしもなにも言わなかった。
彼女はわたしと羽原君をくっつけたがっている。多分、羽原君も気が付いていると思う。余計なお世話と思っているか、勘弁してくれと思っているかは分からない。さっきの様子だと後者かな。
そういえば羽原君は彼女いないのかな。そんな話したことないけど。
午後1時になって定時が来た。いつものようにゴミを出し、バックヤードの女子更衣室で着替えて出ると、エプロンを外した羽原君が立っていた。
「羽原君もあがり?」
「あぁ」
やっと休むのか。少し寝たら夜にまた出勤してきそうだけど。
「羽原君、大丈夫? ちゃんと休んだ方がいいよ」
若干覇気がないバスケ部の元キャプテンに「それじゃお疲れ」と手を振って、守永さんに連絡を入れるためスマートフォンを手に取った時。
「さくら。妹さん、元気だよな?」
突然の思いがけない問いかけに、全身が硬直した。危うくスマートフォンを落としそうになる。今までも聞かれたことのある質問だったのに、いつもと違う声色に強ばってしまった。
ゆっくりと目を合わせると、鋭い視線がわたしに注がれていた。ドキンと心臓が跳ねる。
何か言わなければ怪しまれるとは分かっていながらも、声が出ない。黙って頷けばいいものの、嘘は通用し無さそうな目にたじろいでしまった。思わず目を逸らす。
小さくため息を吐いた羽原君は、わたしの前までやってきて、手に持ったスマートフォンを指差した。
「ココア王子の話はまた今度にしてくれ。今日は俺と話そう」
守永さんに断りの連絡を入れろ、と言いたいらしい。
わたしはすぐには頷けなかった。だって、先に約束したのは守永さんだし、もし大事な話だったら……
「さくら。今日は俺を優先してほしい。頼む」
あまりの真剣な表情に、逃げられないと悟ったわたしは「分かった」と頷いた。
スマートフォンを操作して守永さんにメッセージを打つ。
『お疲れ様です。すみません。用事が出来てしまいました。お話はまた今度にしてもらえますか?』
わたしがメッセージを送信したのを確認して、羽原君は「行くぞ」とバックヤードを出た。
背中を追いかける途中、スマートフォンが震えて守永さんから返信が来た。
『お疲れ様です。こちらは大丈夫です。気にせず用事を優先してください』
メッセージを確認して、わたしは画面を暗くさせた。