一人で悩むのは
私は、一人で悩むことが多い。
悩みとは、ないものねだりであると思っている。人は悩んでいるとき、もれなく相反する複数の願いが同時に叶うことを望んでいる。
「痩せたい」けど「食べたい」とか、「賢くなりたい」けど「勉強したくない」とか、「傷つけたくない/傷つきたくない」けど「遠ざけたい」とか。
だから、悩みを終わらせたければ、解決したければ、どの願いを捨てればいいか決めて、起こり得る損を覚悟して全て受け止めるだけだと、私は思っている。
そうして取捨した願いが結局、もっといいやり方があったかもしれないと後悔するほど良くない結果になったということも少なくない。むしろ、重要なことほど良くない結果になったことのほうが多かった。
でも、私は失敗しても自分で決めたいと思ってしまう。
今日は、DMで友達に最近の悩みを相談しようと思って、30分くらいかけて長文を書いたのだが、結局全部消した。
その友達は私がいつも失敗してしまうことをとても上手に出来るから、相談したらもっとまともな捨て方をできて、失敗しない可能性がすごく上がると思う。でもうまくいかなかったら、相談に乗ってくれた人に相談したことごとまるっと後悔してしまいそうで、それがすごくやだなって思う。そういう人間になりたくない。
失敗の結果、起きた気持も事象も全部自分で受け止めたい。臆病で傲慢なだけだな。
今日悩んでいることは、急いで解決しなくてはならないことでもないので、折を見て負担にならない形で相談しようかな。それか、別の友達に相談するかどうかを相談しようか。
よりかかることも下手なので、ちょっとずつ練習してく。