きつねのお宿〜豊臣秀長〜
(豊臣秀吉)
「秀長死ぬでない!!
我が弟よ!
兄であるわしより先に、
病気なんかで死ぬでない!!」
(ナレーション)
今にも息も絶えそうな病人に
大粒の涙をこぼしてすがっているのは、
時の天下人・豊臣秀吉。
病いに伏しているのは弟。
豊臣秀長。
豊臣秀吉には弟がいました。
秀吉が天下人になるまで、
ずっと側で支えて続けた弟が…
このお話はいつも
どことも知れぬ遠い空間から、
きつねの女がこう言うと始まるのです。
(つきね)
「いらっしゃい」
(ナレーション)
この世には本当、
不思議な不思議な場所があるもの。
もしかしたらここはもう、
この世ではないのかもしれません。
そこはきつねのお宿。
うぐいすの谷にある、
不思議な不思議な、
この世のものとは思えない程の
おもてなしを受けれる、
お宿でございます。
さあて、今回のお客様は…
豊臣秀吉をずっと支え続けた、
農民の出にして、
名武将となった
豊臣秀吉の弟君。
人柄も良く、
名調整役としても名高い、
豊臣秀長様でございます。
では、襟を緩めて、
ごゆるりとおくつろぎくださいませ
(豊臣秀長)
「(荒い息が次第に整い、はっと目覚める)」
(ナレーション)
病いに伏していたはずの豊臣秀長は
なぜか急に息が整い、
しっかり目覚めました。
床から身をおこすと周りを見回します。
(豊臣秀長)
「あれ…ここは?ここはどこ?
それにしても、どえりゃあ美しい御殿だわ」
(つきね)
「ここはきつねのお宿。
うぐいすの谷にあるきつねのお宿でござりんすよ」
(豊臣秀長)
「お前さんは…?」
(ナレーション)
振り向くときつねの耳が生えた、
流し目がかなり色っぽい、
花魁口調の美人がいました。
(つきね)
「わっちは しのだ つきね。
この宿の主。
このうぐいすの谷にあるきつねのお宿の
女主人をしてるでありんす」
(豊臣秀長)
「ここは?」
(つきね)
「ここはあの世とこの世の境、
わっちは深く悩んでいそうな御方を
この宿にお招きするのが
趣味でありんす。
ああ、でも、
今日は寒いでありんすね。
あったかいお茶でも
お手伝いに持ってこさせるでござりんす。
待ってておくんなんし
(ぱんぱんと2回手を叩く)」
(きつね少女達)
「はあい、わかりました〜」
(ナレーション)
そう返事をしたのは、きつねの耳が生えた可愛い女の子ふたりです。
(きつね少女達)
「つきね様持ってきました〜」
(ナレーション)
あつあつの湯気が立つ湯呑みを
渡された秀長は持った瞬間こう言いました。
(豊臣秀長)
「あっ…ちんちんだわ!こりゃ!」
(ナレーション)
え?と驚くふたりの女の子たち。
あらあら…と言う反応を見せるのは、つきね。
(豊臣秀長)
「いや違うんです
私は三河の出で、
三河弁で熱いをちんちんと言うんです!」
(つきね)
「あらあらまあ」
(小桃)
「ちんちんだって✨」
(小梅)
「あつあつがちんちん!」
(ナレーション)
騒ぎたてるお手伝いの少女たち
(豊臣秀長)
「め、めんぼくありませぬ」
(つきね)
「いえいえ
まぁ、わっちとしては
殿方の意外な部分を垣間見ますと、
少々わくわくするでありんすから、
お気になさらず、
秀長様」
(きつねの少女達)
「ちんちんがわくわくだって〜」
(つきね)
「あらあら、
禿たちが悪ノリし始めたでありんす。
秀長様、「お前さん、しっかりしなんし、
早くお冷持ってきなんし」
は、三河弁でなんて?」
(豊臣秀長)
「それは…
おみゃさん、しっかりしてちょう。
はよ、お冷もってきてちょうだゃあ。
ではないかと…。」
(つきね)
「…という訳でありんすから、
早くお冷持ってきなんし
それと、あんまり主様からかって
ちんちん申すのやめなんし」
(きつね少女たち)
「はあい ちんちんわくわく〜」
(つきね)
「あらまあ、
こういう状況はなんて言うんでありんすか?」
(豊臣秀長)
「わやじゃないかと…
わやわや」
(ナレーション)
わやわやとしつつも
御膳の支度が整えられる
いつものきつねのお宿ならば
海の幸山の幸と言った
ご馳走様が振る舞われるものなのですが、
今夜のきつねのお宿は
玄米や五穀、
野菜の漬物といった地味好み、
正直貧相な料理が並んでおります。
それを秀長は大変嬉しそうに
噛み締めながら食べています。
(つきね)
「美味しいでごさりんすか?」
(豊臣秀長)
「ええ、とても。
ご馳走様は性に合いませんので、
このくらいが大変嬉しいです」
(つきね)
「本当、
秀吉さまに代わり、
戦の総大将になって、
四国を平定されたりもした方なのに、
性分は変わらないのでありんすね」
(豊臣秀長)
「はい、
私は生まれは百姓ですから。
貧乏性分は変わりませんよ」
(つきね)
「(深いため息)
そのお言葉、
少々成金趣味のきらいがある秀吉さんに
聞かせてあげたいものでありんすわ」
(豊臣秀長)
「え?今なんと?」
(つきね)
「いえ、なんでもありんせん。
百姓から武士になるのは
大変だったのではござりんせんか?」
(豊臣秀長)
「ふふ、ええまあ、
今まで
百姓として生きていくつもりだったわしが、
いきなり兄者に、
「織田信長さまに仕えるから
おまえも来い!」
と頼まれて、
鍬しか使った事がない私が
刀や鉄砲の扱い方を
学ばなければならなくなり、
言葉遣いや所作を
武士の様に替えていくのは、
骨が折れました。」
(つきね)
「あらあら、
がんばれたのでありんすね」
(豊臣秀長)
「兄者は人懐っこいですが、
短気なところもあって、
仲間と喧嘩にならないよう、
間に入って取り持ったりするのも、
なかなか気苦労がありました。
戦の総大将をやったのは
その時たまたま兄者が腹痛だったからです
まぁおかげで
いろんなこと、
いろんな人を見てきました。
兄者に連れられて来なければ、
私は百姓として
普通に一生を終えたでしょうに」
(ナレーション)
どこか悲しげに秀長は語ります。
(つきね)
「あなたさまは考えないのでありんすか?
あのまま、百姓のまま
平和に暮らしていられたら…と」
(豊臣秀長)
「え?」
(つきね)
「秀長さま。
秀長さまはどちらか選べるなら
どちらがいいでありんすか?
ひとつは長生きして
秀吉さまを一生支え続ける人生と、
小さな頃に戻って
今度は
百姓として生きる選択をする人生。
どちらがいいでありんすか?」
(豊臣秀長)
「……あー、悩みます…
難しい質問ですね…
ですが…
ここがあの世とこの世の境なら、
私はこのまま、あの世に向かってもいいですよ。」
(つきね)
「え…?あらあら、どうしてでありんすか?」
(豊臣秀長)
「正直、
小さな頃からまた生き直しても、
私は兄者に頼まれたら、
私はついていってしまうと思うんですよ。
どんな無茶を言われても、
兄者を支えていく人生だったと思います。
そして長生きして
兄者にずっと支え続けるというのは
私は百姓として生きていたならば、
見なくて済んだ
いろんな人の死も見てきました。
ですから、
私はここで人生という舞台から
降りたいと思います。」
(つきね)
「あらあら、そうなのでござりんすか?
本当、欲のないお方。
それだから、
竹中半兵衛や黒田官兵衛
藤堂高虎から慕われたのでありんすね…
それでは
心残りはないでありんすね」
(豊臣秀長)
「はい…
兄者のことは心配ですが
兄者の人生は
私が最後までついていけるような道のりでは
ありませんでした。
だから私は
これでお暇いただきたく思います」
(ナレーション)
するとふぅ〜っと風が吹いてきて
秀長はその場からいなくなりました。
(つきね)
「あら
もういなくなられたでありんすか
もう少し居て下さられてもよかったのに…
本当、あっけないものでありんす
…ああ、いいか
このまま生きていたとしても、
大陸に出兵したり、
後継を切腹させたり
数々の失策を続けて
秀吉さまが自滅していくのを
見ずに済むのでありんすから
これはこれで悪くない…
…
……
ふふっ
さあて、次は誰を招きましょう?」