何故に、そこに。
よし、後ろめたくないゴハンを売るお店をしよう。
そんな短絡的な思いつきはあれよ、あれよと現実になった。
独身時代、拘束時間の長い仕事をしていた。そしてその職場は料亭なのだが、どうにも賄いご飯が自分とは合わず
わざわざ自腹で近所の定食屋さんへ毎日通っていた。
朝は抜きか菓子パン。昼だけしっかり野菜がたっぷりの優しい手作りのおかずの定食を掻き込んで、
夜は乾きものとかキムチだけとかとにかく雑な生活だった。疲れすぎて帰宅してご飯だのお弁当だの作る気力は微塵もなかった。
その定食屋さんはその後移転してしまい、簡単には行けない距離になってしまったが
今度またさらに遠くへ移転すると言う。間もなく移転のため閉店と知って、無謀なことに私は弟子入り志願をした。
弟子とは言っても私はこれまで接客専門で調理はからっきりし。家で家族のご飯を作る程度の腕前だからほんと役立たずの弟子っコだ。
相手は全国に名の知れた、すさまじい有名店だ。ダメ元。ダメで当たり前。だけどほんの少しの希望を抱いて連絡をしてみた。
*
プロとはすごいもので長らく疎遠になっていても名も知らない客の事を覚えていてくれるものなのか。
人より目立つ事もなければ、目立つのは苦手でいつも猫背で息を殺して過ごしていても
プロはちゃんと認知しているんもんなんですね…
あれよ、あれよと色んなタイミングもあって週に2日お手伝いさせて貰える事になった。
すごい。信じられない。ずぶの素人なのに。
初めて貸して貰った時の包丁の大きかったこと!切れすぎて爪先を何度もかすってはヒヤっとした。
本当に野菜を切る、だけのお手伝いだったけれど
仕込みの仕方、どの野菜をどんな風にどこまで仕込んでいいのか。どうやって保管するか。どうやって作っているのか。出来たらどうやって冷ますのか。
全部が初めて。目をかっぴらいて走り書きのきったないメモとって
少しずつ少しずつ、ただ切るだけじゃなくてどんな段取りでするのがよりベストなのか
そんな事を考えて、試して、おかしな事はきちんと教えてもらい私はド短期見習いを
たった一ヶ月ばかり経験してきたのだった。