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今日のおとどけ | くるり「STILL LOVE HER(失われた風景)」 | 2024.08.17

うちには古いレコードステレオデッキがありはしたが、レコードがかかることはほとんどなく、音楽が日常的に流れる家ではなかった。
父は仕事人間で、音楽に興味を示さなかったし、母はもっぱら演歌を聞いていた。
音楽を好きになったのは、年の離れた兄の影響が大きい。
兄は、テレビで「ベストテン」とか「トップテン」とか、そういう番組をよく見ていた。まだ幼かった私は、夜9時には寝る決まりになっていたから、テレビの音楽番組を見ても怒られない兄が羨ましかった。
放送の翌朝になると今週は誰が一位だったのか教えてと兄にせがみ、自慢げに話す兄に、「お兄ちゃんだけずるい」といつも思っていた。

私が9歳、小学3年生の時に、CDラジカセというものが我が家にやってきた。思春期真っ盛りだった兄が、父にねだって買ってもらったのだ。
その時一緒に、TM NETWORKのアルバム「CAROL」の初回限定版を、兄はやはり自慢げに買ってきた。
「お兄ちゃんだけ、ずるい」と、この時も心の中でひそかに思った。
でも、CDラジカセでこのアルバムを初めて聴いた時には、音の広がりと奥行きが全然違うことに子供ながらに驚嘆し、兄への嫉妬など忘れてしまった。CDというものは、こんなに音が綺麗に聞こえるものなのだと、私たちは興奮して語り合った。

「いつかこのアルバムはプレミアがついて貴重になるから、ずっと取っておかなきゃね」
と兄は言った。
「プレミアって何だろう?」
その言葉は子供の私には難しかったが、何だかとても大人になった気分がした。
私と兄は、我が家に初めてやってきたプレミアの音楽を、宝物のように大切に、一生懸命に聴いた。
毎日、毎日。

中学生になるまで、TMをずっと追いかけていたが、その後彼らは終了した。思春期を迎えた私の興味もどんどん移り変わった。ミスチル、エレカシ、小沢健二、ちょっと背伸びして洋楽を紹介するラジオを聞きはじめ、わかったふりをするようになった。
兄はTMが終了した後も、電子音楽を好んでいたが、私は10代、兄は20代で世代の差もあり、音楽の好みにも隔たりが出て、だんだん話が合わなくなってきた。
大人になってからは、私が故郷を離れたことで、話す機会が極端に減った。
持っている価値観も、お互いにずいぶん変わった。
家族の問題についての考えが異なり、はっきりと対立することもあった。
それでも兄の車に乗ると、TMこそかけはしないが、テクノやエレクトロをかけていて、やっぱり好きな音楽の根っこはずっと変わっていないんだなと、心ひそかに安心した。

今年、TM NETWORKは40周年を迎え、メディアを通じて見聞きする機会が増えた。
活動していない期間があり、さまざまな出来事があった中で、40年もの間、彼らの音楽の絆が途切れなかったことが愛しい。
感慨に耽っていたら、錚々たるアーティストたちによるTMのカバーアルバムが出たらしい。
B'z、CAPSULE、坂本美雨、西川貴教、ヒャダイン、なるほどこのあたりは理由が納得できるアーティストたち。
ユーミン、満島ひかりなんて、すごいじゃないか。興味をそそるね。
でもちょっと待て、くるりの名前が。
正直、親和性を感じなかったのだが、くるりの岸田繁はTM NETWORKに影響を受けているらしい。
とても意外に思ったが、聞いてみてもっと驚嘆した。
こんなに愛と敬意に溢れた解釈のカバーは、本当にTMが好きでないと不可能だ。
TMがやってきた、世界の音楽を日本の若いリスナー向けに、ポップに落とし込むというアプローチを丁寧にオマージュした上での「STILL LOVE HER」。
まるで、宝箱を開けたみたいだ。
「そうそう、TMって宝箱みたいな音楽だよね」
くるりが、そうやってもう一度、私に教えにきてくれた気がした。
彼らもきっと、子供の頃の私みたいに、ワクワクしてTMの音楽を聞いていたのだろうか。
そうなら何だか嬉しいな。
世界にはたくさんの音が溢れている。
多様な音楽に触れる旅の始まりは、TMだった。

もしかしたら、彼らの手元にもあるだろうか、
紙ジャケの角がちょっと擦り切れた、
初回限定版のCAROL。

いつまでも、私のプレミア。





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