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投射理論のesquisse

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銃撃戦が始まった。日没をとっくに過ぎた真夜中の市街地で照明が割れる。黒い影が動く。だが奥の建物はここからは見えない。一瞬の射撃音と一瞬の閃光。俺には照らされた汗が血みたいに見えた。女が一人。わずかな光にどす黒い銃身が鈍く輝く。俺のすぐ背後から怒号があがる。武器を持たない男たちは手に手に石を握りしめる。女が一人。建物の陰から飛び出した男に武器を持たない男たちが次々と石を投げつける。男たちに近づく。奴は武器を持たない男たちに取り囲まれていた。女が一人まだらに崩れた建物の陰に立っている。「石というものは使い方次第では銃器よりも殺傷能力が高い」。抵抗を止めることは死を意味した。あるいは逃げることができなければ。俺の目の前で奴の頭が破裂した。撒き散らされた脳漿が厭な臭いをたてる。奴は首を激しく痙攣させて汗みどろになって叫び続ける。黒い肌を青々と脈立たせて。だがその声は目の前の男たちとまだらに崩れた建物の陰に立っている女の口から漏れていることに遅れて気づく。だれもいない。ここには生きている人間なんて一人もいない。

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石を投げないで下さい

おなかの中に、赤ちゃんがいます

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夜だった。営業時間をとっくに過ぎた真夜中のジャズクラブ。客はいない。店内に残っているのは焦点の定まらない目つきの薬物中毒者とあきらかにまともな職業にはついていない黒服の男たちだった。照明が落とされているので店内の奥に設けられた小さなステージはここからは見えない。黒い影が動く。わずかな光にアルトサックスの筐体がほのかに照らされる。銃撃戦が始まったのかと思った。だがその音は目の前の黒い影とほのかに輝くアルトサックスから聞こえていることに遅れて気づく。店内の奥に設けられた小さなステージに近づく。俺の目の前で奴はこめかみに銃を突きつけられていた。黒服の男が奴の真横に立っていた。演奏を止めることは死を意味した。あるいは男を満足させる演奏ができなければ奴は吹き続けている黒い肌を青々と脈立たせて。速かった。BPM自体が速いが体感速度はもっと速かった。そのくせ演奏にまったく乱れはなかった。俺も楽器を演奏するからわかるがただ必死で練習したからといってあのような演奏はできない。ましてや銃を突きつけられている。いつ破綻してもおかしくない速度だった。俺のすぐ背後から怒号があがる。薬物中毒者の集団だ。罵声を浴びせているのか。いや違う。連中にとって奴の演奏はどんな薬物より脳髄に響く。奴は首を激しく痙攣させ汗みどろになって吹き続けている。もう黒服の男たちはいない。薬物中毒者たちもいない。

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まだ俺は憶えている。あの夜、目の前で繰り広げられた惨劇を。