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『殺人出産』を読んで――人類は蝉を食べなければならない
この度、村田沙耶香さんの『殺人出産』という作品を読みました。
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こんな言葉あるかわかりませんが、和製ディストピアというジャンルがあれば、まさに村田沙耶香さんの名前が上がるのではないかと思います。共感を得られるといいな。
そして、この小説を読んで思ったことですが、人類はこれから須らく蝉を食していかなければならないということです。
好きなところ
静かな日常のトーンでSFの物語が流れる様子はショートショート作品では割と読みますが、村田沙耶香さんの作品は背景もしっかりとしているため、SFとしての骨が強く、新鮮な世界観が目に新しく、それと同時にその世界がもたらす価値観が道徳を揺さぶってくるんです。
この道徳を揺さぶられるという背徳感が、この人の書く作品の一番の魅了だと思うんですよね。
『殺人出産』は短編ですがその揺さぶりはものすごく強いです。
世界の魅力
この作品の世界では、人を10人産んだら1人殺してもいいという世界でした。 少子高齢化が進み過ぎて日本は人口維持のためには殺人をも容認するようになってしまったという話です。
ちなみにこの日本にあるもっとも思い罰は死刑ではなく『産刑』。
死ぬまで子どもを産み続けるという刑です。(男でも人工子宮によって刑は執り行われます)
『トロッコ問題』の亜種みたいですね。
とっても黒くて素敵です。
この法案は難航した背景はあるものの、世界はすでにそれを飲み込んでいます。 簡単に受け入れることのできない文化の世界が自然に巡る様は異質でとても不気味です。雰囲気を伝えるため以下のような文化を紹介します。
《文化》
産み人:世の中のために出産という多大な負担を引き受ける人は「産み人」と呼ばれ尊敬されます。
死に人:「産み人」に選ばれて殺される人は「死に人」と呼ばれ感謝されます。(産み人の原動力になってくれてありがとう、社会の礎になってくれてありがとう、みたいな意味)
殺意教育:殺意を肯定するような教育がなされている。まるで性教育のように殺意が世の中にあって当然で、それによって社会は回っている。否定しない。子どもが自由研究のテーマにするくらい自然なこと。
ルドベキア会:殺人出産システムに反対する集団。
蝉スナック:若い子の間で流行っているお菓子。
蝉スナック
蝉の声が聞こえる。
この小説にありふれたような書き出しが後の世界との温度差を感じられてとても好きです。
ただ、季節を感じさせるとか、背景を意識させ達観した視点を持つ主人公だとわからせるとかだけでなく、後に出てくる蝉スナックというお菓子――受け入れがたい文化――への伏線がとてもおもしろかったです。
この作品の蝉スナックは文化の変遷を象徴したお菓子です。
自分にとっては受け入れがたいものではあるが、世の中はそれを受け入れている。
→受け入れられない人間は古い人間。
→古い人間はやがて時代に取り残されていく。
この流れが、殺人出産システムと蝉スナックに共通しているのです。
『殺人出産』という作品が不気味で恐ろしいのは、ただ命を取り扱った作品だからではなく、それが蝉スナックによってリアリティを持ちこまれているからだと思いました。
現在の自分がありえないと拒否しているものがスタンダードになってしまう恐怖。周りがそれに反感を失ってしまう不気味さが自分にも起こり得ると思わせるアイテムが蝉スナックなのです。
きっと蝉スナックも世界を探せばきっとあるでしょうし、私もノリでコオロギせんべいを食べたことがあります。(えびせんでした)
最近でいうと、X(旧Twitter)を絶対にXと呼ばない、呼びたくない人がいますが、彼らも同じ変遷を辿るのかもしれません。
彼らが涙をこらえながら下唇をかみつつ「エ゛ッ゛ク゛ス゛」と発音する未来を想像すると涙が出てきます。🥚🥚🥚
まじめに現代の例題
閑話休題。
少しふざけましたが、似たような例題は現代だとたくさんあります。
整形の是非
フェミニズム
動物愛護
報道倫理
AI失業
問題提起をしたいわけではないですが、世の中100年掛けて転べばこれらの例題もスタンダードに変わり得ると思えるんですよね。
なんなら、今でも古い価値観をそのままに振りかざす高齢者を揶揄する言葉として『老害』なんて言葉があります。(あんまり好きな言葉じゃないです)自分がその軽んじて見下していた『老害』になってしまうと思うとアイデンティティを失って絶望してしまいそうじゃないですか?
結論
さあ、そんな事にならないためにも人類は須らく蝉を食べて新しさを受け入れる準備をしなくてはならないのです。しらんけど。
普通に好きで面白いです。
おすすめです。