トムについて
トムは白人男性で、年は60代前後だろうか。細身なのだが、下腹がとても出ていて、少し心配だった。
初めて会ったのは、私が用事で地元へ帰って、数日ぶりにお寺へ戻ってきた時だった。
参道を一人もくもくと掃くトムが見えた。誰だろう?と思いながら挨拶すると、八重歯をのぞかせてニッと笑い返してくれた。
その顔に、なぜか私はギョッとして、この人は大丈夫な人か、そうでない人か、と瞬時に警戒した。
トムの顔がはじめはこわく感じた。
けれども、一緒に過ごすうちに、トムが、おだやかで、やさしい、キュートな人だということがわかって、私は警戒を解いた。
一緒に畑仕事を手伝ったり、野菜の仕分け作業などした。
ある時、トムが何日も春菊の仕分け作業をしていて、いっこうに終わりそうにないので、手伝ってあげてくれないかと頼まれて、
一人座るトムの横に腰掛けて、私も一緒にやりますと伝えた。
トムの作業スピードは驚くほど遅く、山盛りの春菊を前にして、こりゃ終わる頃には春菊がだめになっているのではないかと思うほどだった。
こなすモードに入らなきゃ終わらないよ、と思った私は、一所懸命に作業に参加した。
それを見てトムは、君のスピードはとても早いね!と言った。
スピード上げな終わらんからやで、と心で思いながら、そう?なんて返事した。
トムは、知的障害というか、おそらくそういうのがあって、作業なんかはいつもゆっくりだったり、話し方や身振り手振りが幼く感じたりした。
私も、仕事となると、何でもどんくさい方だったから、こなすモードといったって、大した事はないし、"こなす"なんてすきな言葉じゃない。
だからあの時、スピードアップなんてしなくてもよかったのかな、と思い返したりもするけど、おかげで春菊は食卓にのぼったのだし、いいか。
半年以上は一緒に居たと思う。
年末の寒い時期に、トムは国に帰ると言った。これがここに来るのは最後になると。
体力のこともあるし、いろいろ事情があるようだった。
トムがどういう経緯や想いでここに来ているのか、向こうではどんな暮らしが待っているのか、全く知ることはなかったけれど、トムにとって、ここは居心地のいい場所であることは間違いないと思う。
これから、もう少し旅をしてから、国に帰るというので、私は貼るカイロをいくつか渡して、これを服の上から貼ると温かいのだと説明した。肌に直接貼ったらあかんでと付け加えた。
トムは、お寺にある衣服をこれでもかと重ね着していて、こんもり着ぶくれしていたが、それでも寒そうだった。一つ一つが薄いし、防寒性も低そうだった。
身体は大丈夫なのか、お金はあるのか、スマホや地図を使いこなすようには見えないけど、こわくないのか、気になることはいろいろあったけれど、そのまま別れることになった。
これが最後だと言った彼はいつになくさびしそうで残念そうだったけれど、仕方ないのだと、そう思っていることは伝わってきた。
アメリカ人のおじいさんお坊さんと見送った。
夏に三人で一緒に畑仕事をした日、
大きな麦わら帽子をかぶって
「ノウメン、ノウメン」とうれしそうにジョークを言っているらしかった二人。
「農MEN」ということなのか、何がおかしいのかわからないが、二人は何度も「ノウメン」とうれしそうに繰り返した。