桜の樹の下で
初めての接心を終えた。
私たちは老師様にお会いすることになった。
老師様は、寝たきりの生活をなさっていて、身の回りのお世話をする古い修行者の方しかお会いすることはできないのだが、方丈様が計らって下さった。
大きなベッドごと、外に出てこられた老師様は、眠っているようだった。
私はどうすればよいのか分からず、もじもじするばかりだったが、
方丈様に言われるまま、
老師様と対峙し、手を握った。
何をどう伝えればいいかわからないまま、
耳元に近付き、
「○○と申します。ありがとうございます」とだけ言った。
聞こえておられるのかもわからなかった。だが、
ぎゅうっと手を握られた。
老師様の力は、思ったより強かった。
私の心境は未だ戸惑ったままだったが、そのままそこへ老師様のあたたかな力が入ってくるようで、
歓迎されているように感じとった。
おめでとう、よく来ましたね、初の接心だって?
それはよくやりましたね
これからも精進していくとよいですよ。
そんな風に言われたような気がした。
大工さんは、泣きながら老師様に報告されていた。
泣くなよ〜と思いながら、私の目も少し潤んでいた
それは、満開の桜の下だった。
方丈様はこれを老師様に見せたかったのだ。
参道の下の方までベッドを押して、
老師様と方丈様の二人は、
垂れ下がる桜の枝から降り注ぐ花びらを、
いっぱいに浴びていた。
私たちはそんな二人を参道の上から眺めた。
ときはとてもゆっくりながれた。
それぞれどんな想いだったのかはわからないが、
私はその景色のうつくしさに、ことばを失うようで、
こんな場所があること、誰が知り得るだろう
こんなにうつくしい人がこの世にいることを知れただけでも、
私はここへ来てよかった
よかったなぁ、と
お寺に来てからようやく、心からほっとしたような気がする。
束の間、様々な不安や恐れから開放されて。
接心中は、花をめでることもゆるされなかった。
視界の端っこにうつる桜が、どうやら咲いていると感じる程度だった。
けれど、このときだけは、大きく空を仰いだ。