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夫婦の時間

生き物は、産まれた時から終着駅に向かって歩いている。
必ず、訪れる死から目を背けず、それまでの時間を大切に生きて欲しい。人生の幕引きには色んな形があっていいと教えてくれた在宅で出会った方たちと看護師のお話です。

Dさんは、70代の女性、過去に壊死性筋膜炎で片方の大腿骨を切断して、もう片方の足は股関節と膝関節の人工関節置換術を受けていました。

数年前には肺腺癌、多発骨転移の診断を受けました。定期的に大学病院を受診していましたが、食思不振と腰痛が強くなり、肺腺癌の進行もあって、症状緩和目的で入院しました。

日常生活動作は全介助の状態で、口から摂る食事量は減り、痛みがあるので医療用麻薬を内服するようになりました。

家では車いす生活だったDさんに代わって、ご主人が家事のほとんど行っていたそうです。近くに娘さんと妹さんがいて、おかずを届け、通院の時は支援してくれていました。

Dさんの病状がすすんだことから、娘さん夫婦宅へ転居した直後に今回の入院となりました。

        *

私たち訪問看護師に紹介されたのは、在宅(家)看取り目的で退院するという理由でした。

大学病院の退院に向けたカンファレンスを終え、退院日が決まり訪問が始まりました。


入院中に酸素流量は10Lと多かったので、在宅酸素は濃縮器の7Lタイプという機械を2台使うことになりました。
不思議なことに家に帰った当日から、呼吸が苦しくなることはなく、指で測るパルスオキシメーターの酸素飽和度は安定していて、酸素の機械は1台で済みました。


私たち訪問看護師は、家に着いた途端に痛みや苦しさが少なくなることを度々経験しています。
「おうちパワー」と呼んでいましたが、科学では証明できない不思議な事実です。



病院では、家族の差し入れた好物であっても食べられませんでしたが、家では飲み込みに時間はかかるものの、冷やし中華やカレー、スイカを数口食べました。

入院中はもちろん、マウスケアが行われていましたが、それ以上に家族が一日に何度もマウスケアを続けてくれたお陰です。
乾燥していた口の中や唇は潤うようになり、食べたい気持ちが出てきたのです。


体調に波があるので、私たち看護師が訪問するタイミングで会話を楽しむことができないこともありました。
昼間は仕事で不在の娘さんが、ノートに本人の希望を書いて伝えてくれました。私たちは希望に合わせて、体を拭いたり、髪を洗ったり、手や足をお湯につけたりしました。

その時にめまいが時々あって、体を横に向ける時は声をかけて、ゆっくりとスピードに気を付けました。

一番気にかけたのは、痛みが少なく生活できることです。

痛み止めは、かかりつけ医に様子を伝えて医療用麻薬の貼り薬を使うようになりました。医師の指示通り、時々飲み薬を足すことで、辛い表情になることはありません。


昼間はご主人が家にいますが、娘さん夫婦は仕事に出ています。私たち看護師は家に置いてあるノートを通じて、娘さんとDさんの様子を伝え合っていました。

        *

朝から38℃台の熱が出ることがあって、アイスノンで体を冷やすことで解熱しました。
ご主人には口頭で、娘さんにはノートに書き残して、腋や足の付け根を冷やす、効果的な方法を伝えました。体幹が冷えると熱は下がるからです。

発熱から数日後、無呼吸と言って、数秒間息をしない時間が出るようになりました。

小さな錠剤を飲み込みことが難しくなりましたが、ゼリーやスイカは食べることができました。
呼吸がしづらくなった時は医師へ報告をして座薬で対応しました。
痛みは貼り薬を調整して増強することはありません。

話しかけると受け答えはできていて、ご主人に「手を握っていてほしい。」「腰をさすって欲しい。」と言っていました。

会話はできるものの、それ以外の血圧などは、お別れが近いことを示すサインが出ていました。

ご主人へは呼吸の変化や血圧低下が出ている状態は、看取りが近づいていることなのだと伝えられました。私たち看護師は、様子が変った時の連絡方法を再確認しました。
説明を聞いたご主人は深く頷きました。

父親から連絡を受けた娘さんは、仕事先から状態確認の電話をくれて、ご主人が受けた説明と同様の話を伝えました。

翌日、Dさんは旅立ちました。


70歳代のDさんは、車いす生活ながら夫婦二人で生活をしていましたが、それが難しくなって子供夫婦の家で生活するようになりました。
子供夫婦が仕事を続けながら介護するためです。
こういう対応をとる家族は多いように思います。

退院してからのDさんは、体調が良くて話ができる時は、ご主人と二人の時間ばかりでした。

夫婦にしかわからない安心できる空気が、そこにはあるのだと思えます。
二人の生活が長かったこともあるのだと思います。


娘さん夫婦がサポートしてくれたから、夫婦の時間を最後まで続けられました。
家族の歴史があるから、娘さんは絶妙な距離感と援助体制で両親に関わり、Dさん夫婦の時間を作り出しました。
私たち看護師には成しえないことです。

娘さん夫婦の親への想いに救われた在宅(家)看取りになりました。

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