起業はツラいよ日記 #77
『地面師たち』の話
NETFLIXが配信するこの作品は積水ハウスが被害にあった詐欺事件の内実がどのようなものであったかを知るにはうってつけだ。
何人もの人からこの作品をオススメされたし、たしかにスリリングで興奮をかきたれられる内容だった。しかしまぁ、こういった悪役に焦点を当てたドラマは扱いが難しい。
豊川悦司演じるハリソン山中は、あのイカれっぷりから日本が産んだ"ジョーカー"のような存在にも思えてくるし、実際にTikTok上にはハリソン山中の真似をする動画が溢れ、まるで彼を神格化する雰囲気すら感じる。まぁほとんどモノマネだけど。
すみません…動画貼りすぎましたね。暇なら観てください。
詐欺は仕事ではない
小見出しの一文は警視庁捜査二課の倉持(役:池田エライザ)が物語の最後に辻本拓海(役:綾野剛)に放つセリフなのだが、これがドラマ『地面師たち』の最も重要かつ、観る人々に伝わって欲しいことかもしれない。犯罪集団が組織化され(つまりは指示系統が存在し)、緻密な計画を立て(つまり思いつきや衝動的ではない)、周到な下調べや準備がなされ目的達成まで合理的かつスマートに突き進む犯罪集団の恐ろしさを私たちは知りはじめた。
「なりすまし詐欺」事件の首謀者たちがルフィなどと名乗っていることばかりが世間を賑わせてしまうが、本当に恐ろしいのは彼らが「組織的であること」「分業制を基にしたプロ集団的であること」ではないだろうか。いつか、それらの事件もきっとドラマ化されヒットを飛ばすに違いないが、そのことだけは忘れないでおきたい。実際に起きた事件はエンタメではない。歴史が示す事実として、「3億円事件」だってもはや都市伝説として扱われたり、ドラマや映画のネタでしかなくなっている。犯罪者である彼らの物語を語ることが社会にどういった影響を及ぼすのか気になって仕方がない。
青柳のこと
『地面師たち』に登場する石洋ハウスの社員・青柳(役:山本耕史)は多くの視聴者からどのような扱いをされたのだろうか。プライドが高くイケすかない男は、「ゴミみたいな」地面師たちに騙された姿を晒すことで多くの視聴者の溜飲を下げただろうか。大根仁が描いた脚本では会社に所属する青柳たち会社員の”無能さ”を特に際立たせてしまっている。確かにイケすかない男たちではあったが、彼らに騙されて「ザマーミロ」と思って良いのだろうか。
会社組織の良心「須永」という存在
同作における一番の良心は青柳の同僚である「須永(役:松尾諭)」ではなかろうか。「それは詐欺ではないのか」と警鐘を鳴らした唯一の人物である。たしかに彼も会長派に属して出世レースに加担している人物ではあるのだが、青柳に対して唯一対等に、そして本音で苦言を呈する人間だった。
金に目が眩んだのは、地面師グループだけではなく石洋ハウスも同様だ。その中でも終始冷静だったのが、ハリソン山中……という訳である。
”金”ではなく”人”を見ていたか?
考え得る同作のポイントはどれだけ”人”を見ていたかに尽きるだろう。石洋ハウスの社員は”土地”と”売上”しか見ていなかった。一方の地面師グループは”人”しか見ていなかったとも言える。それは、彼らの物語が全て”嘘”であるということがベースにあるのだが、彼らの物語が全て嘘であるからこそ徹底的にリアルを追求する、ヒトもモノも稟議など社内の意思決定プロセスも、さらには青柳個人の背景すらにも目を向けていたことが忘れられない。「人こそが我が社の資産である」と言う会社や経営者は少なくない。しかし、それは本当なのか。何の意味も持たない単なるお題目でしかないのではないか、そんな対比構造が露呈してしまうような話だったように思う。
会社組織は犯罪集団に立ち向かえるのか
どれだけ賢い個人が複数人集まったとて、組織になった途端に衆愚化してしまうのはどうしてなのか。合成の誤謬とはよく言ったものだが、地面師グループのような犯罪プロ集団に会社組織は立ち向かえるのだろうか。
プロ経営者という言葉は世の中に浸透した。では、プロ会社員というのは存在するのだろうか。あなたは会社員ですか?では、あなたはプロ会社員ですか?
この作品は世の中にそう問うている気がしてならない。