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起業はツラいよ日記 #85

下手な就活本を読むくらいなら、麻布競馬場さんの小説を読んだほうが「仕事のなんたるか」「働くとはどういうことか」が分かるはずだ。

この間初めて『オール讀物』を購入した。おそらく大半の人はそんな雑誌があったことを知らないだろうし、そもそも『オール讀物』が雑誌であることすら知らないのではないか。本屋さんで週刊誌/月刊誌のコーナーに行けば偶然目にすることもあるかもしれないが、本屋に行くこと自体が特別な行為となってしまった昨今では知らない雑誌との偶然的な出会いというのは望むべくもないかな。

表紙が渋すぎる。最近こういう渋さが好きになってきたのはわたしがオジサンになってきたからだろう。

麻布競馬場さんが描いた『本物の犬』という読み切り作品が気になっていた。

内容は「高級老人ホームで働くZ世代」の話で、普段小説を読み慣れていない人でも面白く読めるはずだ。是非手に取ってみてほしい。とはいえ、もう最新号が発売されているのでバックナンバーを探してくださいという他ないのだが。


さて、彼の作品はすんなり読める(気がする)。それは様々な要因が絡んでいると思うが、一つに世代が近い?ということがある。彼は1991年生まれ、私は1983年生まれ。あれ、あまり近くないか。
そして、彼は慶應義塾大学卒で、偶然わたしも慶應義塾大学卒、同じ塾員だった。在学期間は被っていないが、似たような人たちに囲まれ、似たような経験をしていたことを踏まえると、彼が描く世界観の解像度がとても高くなる(気がする)。

こうやって「私は麻布競馬場さんと同じ大学だ」と書くことは彼の威光を借りるようで正直情けない気もする。だが『本物の犬』に登場する主人公「僕」も、所属会社である財閥系大手不動産会社「三ツ石不動産」に所属していること、高級老人ホーム入居者の「羽村さん」との関係性から、自分の中に眠る価値というのを見出していく。そして、そんなものは無いことに気づく。

彼が切り拓く「タワマン文学」は、仕事で立身出世を目指すような昭和の古き良き物語ではない。地べたを這いつくばって小さな成功を積み重ね、ようやく社長の座を手に入れるというような成功譚が描かれることはない。それは現代の若者には、そういった成功が求められていないということでもあろう。国内最大手のドラッグストアチェーン創業者を祖父に持つ「額賀早紀」のような生まれながらの成功者こそが真の成功者と呼ばれるのだ。

最終的に主人公である「僕」は早紀の”犬”になることを望む。

僕、早紀さんにとって、とびっきりの犬になれると思います。何を言われても、いつだって嬉しそうに尻尾をブンブン振りながら、すべて早紀さんの言うとおりにしますよ

『本物の犬』 初出:オール讀物

一時は職場の従業員に”経営者目線”を説き、自らも大企業の社長になることを夢見た男が、真の経営者候補を前にした途端に自分を「偽物の経営者」とまで卑下したこと。そして、自ら"他人の犬"になることを望んだということが「僕」の将来において何を意味するのか。

よく引き合いに出される海外の有力大学ランキングにはかすりもしないものの、とはいえ日本国内ではトップの私立大学の出である麻布競馬場氏がそういう望みを持つのであれば、それはそれは暗い未来だとしか言いようがない。

就活本を読み、会社での立身出世を願うよりも、彼の小説を読んで社会を知ることのほうが、学生たちの未来には幾らか役にたつことが得られるのではないか。

ご一読をお勧めします。

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