起業はツラいよ日記 #70
いま我が家には息子が商店街の夏祭りでもらってきたカブトムシの雄と雌が二匹ずつ暮らしています。
雄と雌をペアにして同じ虫カゴに入れているものと、雄だけの虫カゴ、雌だけの虫カゴ、計三つの虫カゴがあります。
なにやら同じ虫カゴに入れてしまうと喧嘩をしてしまうようで生存期間が短くなってしまうのだとか。だから、長く観察したいときには別々の虫カゴに入れてくださいね、と商店街のおじさんに言われたようだ。
案の定なのか、雄雌ペアの虫カゴでは雄カブトムシが雌カブトムシを角でつついたり、傍からみると虐めてるのでは?と思うような行動(食事を邪魔したり、追いかけまわしたり)しています。あくまでわたしの主観なので実態は分かりません。
我々人間にとってはカブトムシの生態を観察する良い機会に恵まれているといえますが、彼ら彼女らにとっては狭い虫カゴの中に閉じ込められ、餌には困らないとはいえ快適な生活とは到底いえないことでしょう。
前段が長くなりましたが、いまこの本を読んでいます。『食べること 考えること』(藤原辰史,2014,共和国)
藤原先生の食べ物に対する視線というのが興味深くて著作を探しては読んでいる。同書のなかにエドワード・O・ウィルソンの著作『創造』からの以下の文章が引用されていた。
ここ最近の35℃を超す酷暑で人間の生存が脅かされる日々が続きますが、もし仮に人類が滅びたとしても生き残る昆虫はいるでしょうね。
カブトムシに限らず人間にとって昆虫は野菜を栽培したり草木を育てたりするのに必要な存在です。ヒトが必要とする生態系を維持するのに不可欠なプレイヤーなわけですよね。しかしながら、昆虫はわたしたち人間などいなくても強く生きていくでしょう。むしろ、人間などいないほうがよほど自由に暮らせるとも思える。
この気候変動問題。同じ人間ですら「んなことどうでもいいよ」と思っている人が多そうなので、昆虫や動物たちを結果的に利しているのかもしれません。まぁ、動物福祉的には良いことなのかもしれませんが。