もう北海道に行かない
毎年この時期には北海道に行く。
空気にすっかり秋が染みて、全身の細胞が北海道を目指している。
北海道! 北海道! コールを叫び喝采をあげてるのがわかる。
でもごめんな、今年は行けないんだよ。
思えば去年はいいタイミングだった。
第5波の終わりのケツの時期で、新規感染は下降線、人出は少なく、強い免疫の保持者は多く、世間の予防意識は高いまま。しかもワクチン接種後2か月くらい。
胸の脊髄が半分ない身体でも安全に旅行できる状況がこれ以上ないくらいに揃ってて、勢いつけて「えいやあ!」と行った。行っておいてよかったな。
すすきのを回るのは避けたから、夜パフェとかラーメン屋は行けなかったけど。
今の死亡率は確か0.16とかで、すぐさま死ぬかって言えば僕でもそんなに死なないと思う。
でも死ななきゃいいって問題じゃないので事態は複雑で、なにがダメって、デマで感染を広めてきた連中がいること。新潮とか日経とか。おそらくは金のため。
あいつら、僕らを「必要な犠牲」と言いやがったの。毎日毎日そりゃもう熱心に。
「人はいつか死ぬ」だの「死ぬ奴は寿命」だの、胸糞悪いプロパガンダでさ。
「トロッコで轢き殺せ」ってテレビで言ったタレント(ブラックマヨネーズ)もいた。
奴らのしてきた人権侵害に、社会がきっぱりNOを言わない限りは、もう飛行機には乗れないね。
そのいっぽうで近頃ますます日常の風景に北海道を見だすようになっていて困る。
札幌の住宅街にありがちな雰囲気の住宅がふと目について心に北風が吹いたり、
散歩道の片隅にある奥まった場所の木の並びに北海道的なデジャヴを感じたり、
無理矢理なレベルで日常の一コマに北海道を認定しだす無意識くん。
もうアピるな。アピらんでいい。わかってる。わかってるから。
無意識くんも2度目の感染で持病がすっかり悪化して焦ってるのかな。
正直、来年の秋がまた来るのか自信がない。
聞いた噂じゃ今年の冬は厳しいらしい。風呂と朝が鬼門だ。生きられる自信nothing。
てなわけでもう二度と北海道には行かないことになるやもしれない。尊厳にはその覚悟が必要だ。
だが行けないのがどうしたというのだろう。
会いたいけど多分もう会わない人、食べたいけど多分もう食べないメシ、
好きだけど多分もう全部通しては読まない漫画、やらないゲーム、見ない映画。
北海道もその中に加わるだけ。
二十代の半ば頃、持病の調子がちょっと下振れしたならば、頭に浮かんだ友達に片っ端から連絡していた。いつしかキリがないと気付いてやめた。そういう区切りがまたやってきたんだ。
だから沈まれ無意識くん。白樺の気を見つけたからってわざわざ止まって凝視するのやめてくれ。