「きみの回答はね、ただ勉強したことを書いているだけで、設問に答えてないんですよ」
ふと、昔のことを思い出した。
自信のあったテストの点がさほどでもなかった時のこと。
それが今になって効いてきている。胸に刺さり、痛みがじわじわと広がっていく。先生の言葉が、いまさら心にしみている。
高校時代の記憶にしては珍しく、黒いシミが付いていなくて、そのせいかこれまで長い間思い出すことがなかった。その記憶が確かに心にしまってあったと、実感があるにもかかわらず。
だからきっと、これは何か意味があることなんだと思う。だから意味を成すように、急いでここに記しておく。
「きみの回答はね、ただ勉強したことを書いているだけで、設問に答えてないんですよ」
それきりだった。
十分すぎるくらいに勉強して、記述式の答案をびっしり埋めて、自信のあったテスト。それが予想に反して結果は芳しくなく、愕然とした。2問ある大きな記述のうち片方がほぼ0点だったからで、腑に落ちず教室に残ってあれこれ食い下がってみたけれど結果は変わらなかった。
午後の授業が終わって生徒もまばらになった日陰の教室に、回り込んだ外の光が柔らかに充満していた。あの風景をよく覚えている。今まで思い出すことはなかったのに、ありありと、鮮明に、教室が広がっている。
これは一種のエウレカだ。少なくともその一歩手前の。単なる記憶じゃないと直感が告げている。
そういうたぐいの電気的な衝撃のあとに突然浮かんできた。これがただの記憶なわけがない。
僕はこの記憶を足掛かりに、何かをひらめきかかったのだ。形にはなっていないけれど、その過程としてあのテストがあったのだ。その感触が、今確かな質量をもって僕の中にある。
きっとあのテストの一件は、僕が今まで抱えてきた重大で込み入った諸問題のうちの1つと相似形にあるのだろう。それが何で、今どのような形で僕を苦しめているのか、それはまだ掴めてはいない。でも、あの時の先生の言葉が攻略のヒントだと僕の無意識は見抜いたに違いない。だからこそ当時の記憶を意識下に上げてきたのだ。
僕はまだ、あれからずっと今まで、設問に対して答えられていない。それが今別の形になって、僕の前に立ちはだかっている。どの敵がそれなのかは、わからないけれど。
教室の風景は次第に遠くなってゆく。ぼやけ、にじみ、薄まり、実を結ばないまま再び記憶の海へ静かに沈もうとしている。僕はこの記憶をここに記し、いま再び先生の言葉を噛み締めなくてはならない。この問題は形を変えてずっと続いてきたものだからだ。僕は質問に答えなくてはいけない。
それが誰の、どのような質問かはまだ掴めていないが、そのつもりで咀嚼しなくてはならない。勉強は前提である。それをもとに、聞かれたことに応えることが大切なのだ。それをできないといけない。
コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。