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ドラマ「ディスクレーマー夏の沈黙」息子を失った恨みの復讐手段は小説

私はNetflixやU-NEXTはじめ一通りの配信サービスの会員だが、AppleTVにも加入している。Apple製品を買うと1年間無料なので定期的にiPhoneを買い替えている人なら視聴できるのだけど、あまり認識している人がいないようだ。十分にプロモーションをしていないからで、もったいない話だ。
というのは、オリジナルコンテンツが数は少ないが充実していて、それぞれクオリティも高いのだ。前に紹介した映画「ウルフズ」もその一つ。まあこの時は批判しちゃったけど。

前置きが長過ぎた。今回紹介するのはそのAppleTVでいま配信されているドラマで先週(11月8日)最終話が公開された。毎週1話ずつ公開され、毎回ドキドキしながら見てきて、最終話に打ちのめされた。じわじわ描いてきた話の前提がひっくり返ったのだ。主人公の老人にすっかり共感し、一緒に打ちのめされた。
物語は二つの家族の間で繰り広げられる。片方は、華やかで豊かに暮らす中年夫婦と息子。もう片方は20年前に息子を失い、9年前に妻を失った老人。教師だったが最近退職して寂しく一人で暮らしている。
この老人が、もう片方の夫婦の妻の方に、極めて巧妙な復讐をたくらみ、少しずつじわじわと実行していく話だ。その妻は、どうやら老人の息子の死に関与していたらしい。復讐の手段は、小説の自費出版。それがどう復讐につながるかは見てのお楽しみ。じわじわ、ねちねちと追い込んでいき、果たして復讐は成功するのか。そんな物語だ。
脚本・監督はアルフォンソ・キュアロン。私は妙に好きな監督で「トゥモロー・ワールド」はディストピアを描いた最後に希望を見出す切ない話だった。「ゼログラヴィティ」は全編ワンカットで宇宙からの帰還をリアルタイムで描いた。Netflix作品「ROMA」ではアカデミー賞監督賞を受賞した。配信でも果敢に実験性も含んだ意欲的な作品づくりをする。
キュアロンはメキシコ人だが、このドラマではイギリスを舞台に物語を運ぶ。面白いのは、登場人物たちの心の中を、復讐する老人と、復讐される女のモノローグで語ることだ。それがドラマに独特の文学的な味わいを加えている。
ここから先はネタバレしちゃう。

いま2回目を見始めた。最後の驚くべき展開を知ると、第1話でキャサリンがロバートに小説について説明しようとしたことがわかる。この時にロバートが聞いてあげれば事態は違ったかもしれない、などと考えてしまう。最初とまったく違って見えるから面白い。
このドラマの衝撃は、途中までは「キャサリンはジョナサンを快楽のために誘惑した悪い母親」として描き、ジョナサンの母ナンシーが小説に描いたクラクラするほど艶かしいセックスシーンも本当にあったこととして再現されることだ。最終話まで見ると、じゃああれは何だったのかと言いたくなる。息子を失った悲しみを、誰かを攻撃して晴らそうと猛然と書いた小説の中で、ナンシーがこと細かにエロエロに描いた妄想に過ぎなかったのだ。見続けるのが怖いほどセクシャルだったのに。
それにしても、この物語のあとで老人スティーブンはどう生きていけばいいのか。失った息子はとんでもない男で(でもニコラスを救おうともした)、妻は妄想を抱えたまま死んでしまった。自分はまったく的外れな復讐を、息子から被害を受けた相手にしようとしてしまった。ニコラスを殺さなかったのがせめてもの救いか。
しかも彼のしでかしたことは酷いことだったけれども犯罪ではない。裁かれることもないのだ。いっそ逮捕されて獄中で暮らした方がマシではないか。悲しみと寂しさと罪の意識を抱えて身悶えしながら生きることになる。私も自分の老いを感じるようになった。スティーブンを友人のように思い哀しい共感に包まれてしまった。
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