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「じゃあ、やれよ」阿部秀司氏は出会った誰の人生をも変えてしまう人だった(1)


山崎貴監督の「人生を変えた男」阿部秀司氏

2月1日(土)の夜の「新プロジェクトX」は「ゴジラ、アカデミー賞を喰う」のタイトルで、昨年アカデミー賞視覚効果賞をを受賞した山崎貴監督と白組スタッフのストーリーを描いていた
そこに、山崎氏を監督に引き立て伴走してきたプロデューサーとして阿部秀司氏も登場した。監督デビューして「ゴジラ-1.0」がアメリカでヒットしたのを見届けて阿部氏は亡くなる。こうして見るとなんとドラマチックな人生だったかと目が潤んでしまった。
阿部氏は山崎氏の前に「人生を変える男」として現れたとナレーションされる。そりゃあ、監督デビューさせてくれ、最後にはハリウッドで評価されるまでに導いたのだから、これほど人生を変える出会いもなかっただろう。
阿部さん(以降、さん付けで書く)が最も変えたのは山崎さんの人生であることは間違いないとは思う。ただ阿部さんは、私の人生も変えた。そして当時ロボットにいた仲間たち全員の人生を変えたはずだ。阿部さんと山崎さんの間にプロジェクトXがあったように、それぞれとの間に番組になるようなストーリーを作っていたに違いない。阿部さんはそういう人だった。関わる人とは深く関わる。山崎さんとの間は叔父と甥のようなものだったそうだが、ロボットには大勢甥っ子たちがいて、まったく別々の関係を作っていた。
その中の一つ、私と阿部さんのストーリーを書いておきたい。亡くなってからずっと書こうと思っていたことを、ようやく言葉にしてみよう。

広告業界のギャングたち、阿部さんとロボット

1993年、私は31歳で広告会社を辞めてフリーランスのコピーライターになった。翌年には会社にして、と言っても社長も社員も自分一人だが、一年経って初めて決算を迎えた。会社員時代よりずっと稼げるようになり喜んでいた私に、税理士さんは「うーん、もう少し頑張りたいですねー。」と言う。その税理士さんは広告業界の大小様々な会社の面倒を見ていた。他のコピーライターと比べてまだまだ、ということらしい。
「いくつか、うちで見ている会社を紹介しましょう。あ、そうだロボットなんかいいですね。境さんは、阿部さんと気が合いそうだし。」
さっそく、当時は代官山のすぐそばにあったCM制作会社、ロボットに行った。ヒゲのおじさんが迎えてくれた。それが阿部さんだった。
「ふーん、若いけど独立したんだ。」作品を見せると「見たことあるのばっかじゃないか。」と感心してくれた。
当時、私の会社は「有限会社サカイオサム作戦室」という、思い返すと恥ずかしい社名だったが、コピーを売るのではなく、「作戦」を売るのですと言っていた。
「作戦室ねえ。策士策に溺れるとか言うけど、大丈夫なの?でも作戦を頼みたい時はお願いするよ。」
これ以降、会うたびに「お!策士策に溺れるの作戦室の境君じゃないか。」と呼びかけられるようになる。
「じゃあみんなに会わせるよ。」と、当時はまだ40人くらいだったロボットの部屋を回って社員たちに紹介してくれた。
CM制作会社には普通、制作を進めるプロデューサーとプロダクションマネージャー、企画し演出をするディレクターとプランナーがいるものだった。ロボットにはもちろんそういう人たちもいたが、アートディレクターやアニメーションディレクター、CGプロデューサーなど多様な人材がいた。ドラマのプロデューサーも当時はいた。
そして「こいつは、べし。この人は、師匠。あそこにいるのが、おいちゃん。」名刺交換をするともちろん普通に名前が書いてあるのだが、それぞれあだ名で呼びあっている。阿部さんがつけたらしい。
フリーになっていくつかのCM制作会社と付き合うようになったが、ロボットは独特だった。どこか独立国のような、のびのびした空気を感じた。そもそも社長を紹介され、社長が社員を紹介して歩くのも珍しかった。1986年に設立されたばかりの新しい会社だったせいもあるだろうが、会社と言うより部活のような雰囲気だった。私は阿部さんもロボットも、そこにいる仲間たちも気に入った。自分も仲間に加わりたいと思った。
紹介されても仕事にすぐにつながるものでもないが、それから一カ月ほどして阿部さんから電話をもらった。ある代理店が某外資大手企業のキャンペーン全体の企画を求めている。
「境くんの作戦が必要なんだよ。」
プレゼンまで短い時間で私は「作戦」を立て、それを軸にロボットのみんなと考えたキャンペーン企画が完成した。
プレゼンの日、約束した駅で待っていると派手なアメ車が目の前に停まった。中をのぞくと、阿部さんとロボットの仲間たちが、自由ないでたちで座っていた。阿部さんはサングラスをかけている。
なんだこの人たちは、ギャングかよ。私は思ったが口には出さなかった。プレゼンはいい感じで進み、すぐに「うちで決まった」と連絡が来たが、その後なぜか流れてしまった。まあ業界にはよくあることだ。

阿部さんの「じゃあ、やれよ」で大きくなったロボット

それを機に、私はロボットのギャングたちといろんな仕事をした。また、代理店でロボットと仲がいいと話をすると、伸び盛りで勢いがあるが敷居が高いと思っている人が多く、ロボットと一緒にプレゼンに参加して欲しいとの依頼も出てきた。また時々は阿部さんが企画書だけ頼んでくることもあった。阿部さんやロボットの仲間たちとの仕事はいつも愉快だった。自宅を出た私は、ロボットに歩いてすぐのマンションに事務所を借りた。

ロボットは、CM制作以外にも面白いことを様々やっていた。当時すでに「ラブレター」を皮切りに映画も作っていた。
「じゃあ、やれよ」が合言葉だとみんなが言う。阿部さんにこんなことをやりたいと言うと、こう言うのだそうだ。よし、やろうではなく、じゃあ、やれよ。やりたいことがあるならやればいいよ、その代わり自分でやれよな、という意味だ。
「新プロジェクトX」で「やってみればいいじゃん」が阿部さんの口癖だったと紹介された。NHK的には「じゃあ、やれよ」だと乱暴すぎるからなのか、アカデミー賞につながる美しい物語には合わないとの判断かはわからない。実際にこの言葉を言ったのは見たことないが、その精神だったのは間違いない。
ロボットにいろんな人材がいるのは、この精神によるものだろう。やりたいことがある人がやりたいといったことをやらせる会社だった。また面白そうな人物がいると社員にしちゃう人だった。すぐに「じゃあうち来いよ」と言うのだ。面白そうな人を増やして、彼らがやりたいと言ったら「じゃあ、やれよ」と言う。
普通、クリエイティブ系の人が会社を作ると、自分がやりたいことのために人を雇う。自分の言うことを聞く人間ばかり入れて、自分の仕事をやらせる。それだと会社は大きくならないし、その人に来る仕事しかできない。
阿部さんは、自分にはないものを持つ人間を仲間にし、その人がやりたいことをやらせる。だから会社はできることが広がり受ける仕事も拡大して大きくなる。ロボットはこうして、知りあった頃の何倍にも社員が増えて大きくなっていった。

「踊る大捜査線」映画化のお鉢が回ってきた

そんな中、ロボットは「踊る大捜査線 THE MOVIE」の制作を引き受ける。ドラマはフジテレビ系列の制作会社、共同テレビが制作していた。ただ当時の映画はフィルム制作で納品もフィルム。ドラマ制作会社にはノウハウがない。またドラマ版に続いて本広克行氏が監督する。当時、本広さんはロボットの契約社員だった。「ラブレター」はフジテレビの企画でロボットが制作した。
いろんな経緯でロボットにお鉢が回ってきたが、当初阿部さんたちは悩んだ。映画制作は大変なわりに制作会社の実入りはさほどではない。だがお世話になっているフジテレビさんの案件だからと引き受けた。
私はロボットのデザインチームと映画ポスターの仕事をよくやっていたので、そうした話も聞いていた。「踊る大捜査線THE MOVIE」の公開を数日後に控えたある日、たまたま阿部さんと話したら「この映画はさあ、ヒットすると思うんだよ。10億、いや15億かな!」と興奮していた。私は心の中で「そんなわけないだろう」と思った。
当時は配給収入(ざっくり言って興行収入の半分)の数字を使って映画の成績を語っていた。今は興行収入を使うので、「20億、いや30億かな!」と言っていたことになる。
当時の日本映画はどん底で、そんな数字は夢の夢だった。この少し前に「リング」「らせん」の2本立てが公開されてポスターを制作したのでよく覚えているが、邦画久々のヒットになり配給収入10億円だった。それを超えるヒットになるなんて、到底思えなかったのだ。
「リング」「らせん」で思い出したが、この映画の試写会があり、阿部さんと一緒に行った。ロボットはこの2作は制作として関わっていないので、まったくの初見だ。ただ、相当怖いらしいと噂になっていた。
阿部さんは「おれは怖い映画嫌なんだよ。なんで映画で怖い思いしなきゃいけないんだよ」と腰が引けていた。「じゃあ見なければいいいじゃないですか」と言うと「そういうわけにもいかんだろう」お世話になっている東宝の配給で、部下たちがポスターを作っているのに行かないわけにはいかない。そういうところは、ちゃんと「社長」だった。
阿部さんと二人で試写を見終わった。私はものすごく怖かったが、隣の阿部さんは黙っている。「どうでした?」と聞くと「怖かったよ!すごい怖かったからいい映画だと思うよ!だから見たくなかったんだよ俺は!ここまで怖いとは思わなかったからさあ!」と怒っていた。ホラー映画を見て怒る人を初めて見た。
話がそれた。「踊る大捜査線 THE MOVIE」に戻ろう。

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