見出し画像

「日本初のFAST」は果たして普及するかを考察する

※TOP画像は、ChatGPTに「男性がテレビでドラマを集中して見ている画像」と「男性がテレビをつけたまま、手にはスマホを持ちあまり集中せずに見ている姿」を要望して描かれた画像です。

前回の記事ではBBM社による「日本初のFASTサービス」について書いた。

この記事では、この新サービスが果たして日本で普及するかのについて論考する。(前回の記事を読んでないとわかりにくいと思う。会員登録が必要だが、読んでおくことをお勧めする。)

米国でFASTが伸びた理由をおさらい

日本のFASTについて語る前に、米国のFASTについておさらいしておく必要がある。これについては、あちこちで記事にしている。23年1月には、Yahoo!にこんな記事を書いた。

思い切り要約すると、VODは能動的に「選ぶ」行為が必要だが、家でダラダラ見るともなく見るには次々に番組が流れてくるほうが向いている。まさにこれまでのテレビ=放送はそうだったのだが、VODで好みの番組を見ることに慣れると、総合編成の放送には戻れない。FASTは好みのチャンネルを選べば次々に「なんとなく見たい番組」が流れてくる。スマホでも眺めながら見るともなく見るには最適だ。VODの成長が鈍化した2020年ごろからFASTが米国で浮上した。ビジネス的にもFASTは広告に適している。

FASTの説明は、ざっとこんなところだろう。「FASTが来る!」という感覚は、私のメディア生活からも得られた。毎日Netflix、Amazonプライムビデオ、U-NEXT、AppleTVと一通りVODサービスで何を見るか探し、30分くらいかけた末に何を見るか決められない。本当はなんでもいいのだと思う。FASTのニーズは、そんなVOD生活の隙をついて米国で浮上したのだ。私としても、日本でFASTが始まるのを期待していた。
ただ、米国で浮上しているFASTに入っているコンテンツは、ニュースと「旬ではないエンタメ」だとも言える。日本でも視聴可能なFAST、Plexで試しにざっとどんなチャンネルがあるか、見てもらうとわかりやすい。

日本に置き換えると、「北海道ニュース」「宮崎ニュース」などのニュースチャンネルがあるかと思えば、「ソフトバンクホークス」「日本ハムファイターズ」など球団別チャンネルがあり、「徹子の部屋」や「タモリ倶楽部」チャンネルでは延々、昔のものから最近のものまでそれぞれの番組が流れている、というサービスになるだろう。「太陽にほえろ」チャンネルや「俺たちの旅」チャンネルがあったら、私はずーっと流しておくと思う。
FASTというサービスがなぜ米国で普及したか、ざっと掴めてもらえただろうか。

米国では、Rokuがゆりかごになった

もうひとつ、米国のFASTで重要なのが、Rokuの存在だ。代表的なFASTサービスであるPlutoTVは2013年、Tubiは2014年と、2020年に脚光を浴びるまでに時間がかかっている。FASTは地味に始まり地道に伸びていったのだ。
その際の「ゆりかご」の役割を果たしたのがRokuだった。FireTVのように手のひらサイズの端末をテレビに繋いで使う。RokuはNetflixを見るために開発された端末で、Netflixとともに急速に普及した。スマートテレビがまだ普及していない段階では、Netflixをテレビで見るには欠かせない端末だった。RokuにはNetflix以外にも様々な配信サービスが搭載され、PlutoTVとTubiもその中にあった。
先述の通り、Netflixのようにオリジナル番組を多大なコストをかけて製作することはなく、ニュースと旬ではないエンタメを見るための、言ってみれば格下のサービスだった。それでも伸びたのは、最先端のコンテンツを追う人々は限られているからだろう。それになんと言ってもFASTは広告型の無料サービスだ。Netflixのすごいドラマを有料で見なくても、無料でニュースを見たり、昔のドラマや映画をダラダラ見ることを好む層が、おそらく米国の中西部あたりには何千万世帯もいるのだと思う。数千円でRokuを買えば何種類かのFASTサービスが視聴できて、ダラダラ過ごせる。FASTを育てたのはそんな人々のゆるいニーズなのだろう。

パートナーが会員を獲得しスマートスティックを普及させる

日本でFASTが普及するには、日本にはRokuがないことをどうクリアするかが課題だと私は考えていた。今回取材した「日本初のFAST」では、Rokuに当たるのがスマートスティックだ。

普通に考えると、これを家電量販店などに置いても売れそうにない。すでにテレビを買えばNetflixなどが内蔵アプリで利用できる。わざわざ外部端末を繋いで使う動機がない。Rokuが普及した2010年代と状況が決定的に違う。
ところが日本初のFASTは量販店で売る手法はとらなかった。なにしろ、すでにスマートスティックを売ってくれているレオパレスや大阪ガスがいる。ユーザーに直接接触できるこの2社なら、スマートスティックを販売し、あるいはサービスで無料提供し、説明したりセッティングしたりしてもらえる。
既存サービスを100万人まで伸ばしていたので、それがそのままFASTサービスユーザーのベースになるのだ。
もちろんこの2社は、新規ユーザーの獲得にも尽力してくれるだろう。
BBM社は当然ながら、レオパレスや大阪ガス以外の「パートナー」を探している。前回の記事でも書いたが、ケーブルテレビ局はその候補になる可能性が高い。ちょうど、多チャンネルサービスの利用者が離れ始めている。大阪ガス同様に、ユーザーと直接関係を持つケーブルテレビ局なら、スマートスティックを提供しセッティングまでやってくれるはずだ。
ケーブルテレビ局は全国津々浦々にあり、実はテレビ視聴世帯の半数以上はケーブルテレビ経由でテレビを利用している。
さらに日本初のFASTには、FAST以外の様々な在宅サービスを付加できる。ケーブルテレビ局はSociety5.0を具現化することがミッションであり、在宅医療や自宅から自治体の手続きを可能にしたり、例えば農業従事者には田畑の見守りサービスを提供し始めている。こうした多様なサービスのインターフェイスにテレビ受像機が使われるようになる。それらのサービスをスマートスティックに載せることができるのだ。
在宅サービスは、ECでの買い物やデリバリーがすっかり日常化したように、多様な事業の受け皿になると予想できる。そうした波に日本初FASTのスマートスティックは乗れる可能性がある。

チャンネルを増やせるか、スマートテレビに搭載できるか

だが日本初FASTには懸念材料もある。
まず、チャンネル数の問題だ。私はBBM社からスマートスティックを提供してもらった。

日本初FASTの画面。「チャンネル」の横には多様なサービスも並んでいる

提供してもらったにも関わらず書いてしまうが、これまでほとんど利用していない。なぜなら、私が見たいチャンネルがないからだ。だが私がもしキャンプ好きだったら、あるいは時代劇ファンだったら、見るかもしれない。もちろん、チャンネルを流しながらリラックスして見るともなく見る、ということだが。
米国のFASTサービスにはチャンネルがあふれるほどあり、一つのサービスに何百もある。つまり日本初FASTもそれくらい増やす必要がある。当然、BBM社もそのための交渉は今後意欲的に広げるのだろう。
ただし、チャンネルがどこまで増やせるかは難題だ。まず、FASTにふさわしいのはテレビ番組だが、日本の番組の著作権はほとんどテレビ局が握っている。また配信するにはさらに交渉が必要な番組が多い。テレビ局、中でもキー局がこのFASTに番組を提供しチャンネルを持つ可能性は低い。TVerにしか出さないと決めてかかっているだろうからだ。本来、配信ビジネスにおいてはお金になるならどこにでも出すべきなのだが、キー局はそういう発想にならないのだ。
だが名古屋テレビがハピキャンのコンテンツを軸に「キャンプチャンネル」を持っているように、準キー局やローカル局が番組を供給しチャンネルを持つことはありうる。
もう一つの方向は、多チャンネルサービスに番組を供給してきた「番供」と略して呼ばれる事業者だ。すでに時代劇チャンネルがあり、日本映画放送が運営している。同様の事業者がチャンネルを持つことは考えられる。ただ、放送権と配信権が分けられている日本で、「番供」事業者が配信権まで持つことは少ないだろう。この方向はあまり増えないかもしれない。
突破口がYouTubeで、これもすでにいくつかチャンネルができている。実はYouTubeはオンデマンドサービスではあるが、次々に興味ある番組が流れるFAST的な利用をされていた。ただ、検索履歴をもとにコンテンツを選ぶので、的外れなことも多い。複数の同傾向のYouTubeチャンネルからFASTチャンネルを構成する方向性はあるだろう。
ただとにかく、日米の著作権法の違い、業界慣習の違いなどが壁になり、このFASTのチャンネルを増やすのは時間がかかりそうだ。

二つ目の課題は、スマートスティックの「今さら感」だ。私は数年前までテレビとFireTVに加えて録画機とケーブルテレビのSTB、さらにはAppleTVも含めて5つのリモコンをリビングに置いていた。いま自分が何を使っているのかわからなくなり、疲れることも多かった。それがスマートテレビに買い替えてからは、録画も配信サービスもテレビでできるようになり、ケーブルテレビを見る時以外はリモコン一つで済むようになった。ここにスマートスティックのリモコンが加わるのは、逆戻りする感覚になる。
いま、2011年の地デジ化以来、一回りしたテレビの買い替えが徐々に進み、多くの家庭がスマートテレビの便利さに浸っている最中だ。そこにスマートスティックが加わって果たしてどうか。
となると、日本初FASTはテレビメーカーとの交渉によりテレビ内で呼び出せるようになる必要がある。スマートスティックは上手い仕組みである程度普及はするだろう。だが広告ビジネスで大きな収益を得るには、どかんと普及させる必要があり、テレビ内蔵化は必須だと私は考える。AndroidTVには即対応可能で、それがどれくらいのスピードで進むかが今後のポイントだろう。BBMでは数社のメーカーと交渉を進めており、FireTVにも搭載されるそうなので、意外に早く進むかもしれないが。
つべこべ書いてしまったが、私はこのFASTに期待している。なにしろ、待望のサービスだ。ぜひチャンネルを多過ぎるくらい増やして私のメディア生活を豊かにしてもらいたい。

※この記事は無料ですが、MediaBorderの記事はメンバーシップに加入いただくとすべての記事が最後まで読めます。3つの加入プランから選べますので、この機にご検討ください。

ここから先は

0字

テレビとネットの横断領域をテーマにメディアの未来を語り合う場です。境治が発行するMediaBorde…

購読会員

¥550 / 月
初月無料

交流会員

¥770 / 月
初月無料

応援会員

¥990 / 月
初月無料

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?