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テレビと鉄道〜根岸豊明氏寄稿〜

Introduction
今年1月に出版された『テレビ局再編』を発売と同時に読んで、MediaBorderですぐに記事を書いた。

著者は日本テレビから札幌テレビに行き社長・会長を歴任した根岸豊明氏。その後お会いすることができ、よもやま話をする中で、テレビは鉄道と似ているとのお話が面白かった。折りを見て寄稿をとお願いしていたところ、この度玉稿をいただいた。テレビ放送の社会的な必要性が鉄道に喩えて書かれている。ぜひみなさん、お読みいただきたい。

「テレビと鉄道」
根岸豊明

昨今「テレビはいらない。ネットがあれば十分」と言われることが多々ある。
テレビ局出身者としては由々しきセリフである。世代が若くなればなるほど、そういう意見があるような気がして、少々危惧を抱いている。インターネットは確かに便利だ。必要な情報を必要な時に瞬時に集め、視られる。自分の意見やオリジナルな動画を不特定多数に向けて発信できる。しかし、その一方で誹謗中傷・炎上・フェイクなどのデメリットも指摘されている。(総務省の有識者会議でも盛んに議論されている)
本当に「テレビはいらない」のだろうか。そんなことを反芻していて、その昔、東京スカイツリーの建設を巡って鉄道会社と交渉したことを思い出した。
テレビと鉄道という異業種の交渉はなかなか意見が嚙み合わず、建設御破算の危機にも直面したが、テレビも鉄道も「公共財」であることで共通項を見出し、それが建設合意に向けた突破口になった。その記憶から「テレビとネット」の関係は、「鉄道とクルマ」の関係に似ているのではないか、という着想に思い至った。
その着想とはどんなものか。
鉄道の事業運営には国交省の「許可」が必要だ。列車はあらかじめ決められた時刻表に則って運行される。「時間軸」が支配している。鉄道には大量の人やモノが乗り、駅から駅へと決められた場を移動する。そこには厳格な「安全・安心」の思想がある。
クルマにも「運転免許」は必要だが、それは個人の資格だ。運転免許はそれを運転する技量と交通ルールの履修で得られる。事業の認可とは次元が異なる。(運送業などには事業許可が必要ではあるが)
クルマによる移動は自由度が高い。時刻表もない、ドア・トゥ・ドア。鉄道がマスであり、みんなのものならば、クルマは個人、パーソナルのためのものと言える。
さて、テレビである。テレビも鉄道と同じ「公共財」であり、その生業には「放送免許」が必要である。テレビは、時刻表ならぬ「番組表」に則って決められた時間に決められた番組が放送される。テレビもまた「時間軸」に支配されている。(必要に応じて臨時列車ならぬ、特別番組も放送されるが) 視聴者は不特定多数のマス。公共性を担保するために「放送倫理」「放送基準」など様々な規則も備えている。平時において、いわんや有事にあってのテレビは「安全・安心」であることを自らに課している。
ネットは、SNSなど個人がいつでも自由に、不特定多数に対して発信ができる。その「表現の自由」は、クルマで得られる「移動の自由」にどこか似ている。
鉄道とテレビの類似は他にもある。日本の鉄道は1879年に始まり、すでに145年の「伝統」がある。鉄道網は全国に広がり、廃線もあるが、その存在の多くは将来にわたっても有用だ。「伝統」という点では、マスメディアも通じるものがある。テレビも70年の「伝統」を持ち、全国にネットワークが張り巡らされ、正確な情報と健全な娯楽をそこで提供し続けてきた。鉄道同様、将来にわたって有用であり、その役割は変わらないと思う。失われることはあり得ない。話が飛躍するが、鉄道にリニア・モーターカーが登場するように、テレビも、その概念や技術の進歩によって全く新しい”進化したテレビ”が現れるのではないか。そんな期待さえ秘かに持つ。
そして、クルマとネットである。クルマは戦後日本のモータリゼーションによって発展を遂げ、「一家に一台」の必需品にさえなった。しかし、そこに至る過程では、「交通戦争」とまで称された事故の増加や、未整備だった道路での「渋滞」、排ガスによる「光化学スモッグ」など様々な問題が発生してきた。私たちはそれらを「道路交通法」や「排ガス規制」などルールの改善や技術革新によって解決してきた。
ルールの改善と技術革新。それはまた、今日のネットにも通じるものがあると思う。
ネットが個人、パーソナルに留まらず、「不特定多数」に向けたソーシャルなメディアであるならば、とりわけルールや一定の秩序は必要となる。
「鉄道とクルマ」が移動手段の両輪としてこれからも発展していくことは間違いない。そして、「テレビとネット」もメディアの両輪として社会を支えていくだろう。
だから今、「テレビはいらない。ネットがあれば十分」という意見には組みすることは出来ない。各々の役割に応じた調和のとれたメディアのこれからに期待している。

根岸豊明

1957(昭和32)年、東京都生まれ。ジャーナリスト、メディア研究者。早稲田大学政経学部卒。日本テレビにて編成、報道、メディア戦略に従事。同社取締役執行役員、札幌テレビ社長を歴任。著書に『新天皇 若き日の肖像』『誰も知らない東京スカイツリー』『昭和最後の日』(共著)などがある。

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