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たいして影響がなくてもテレビが同時配信すべき理由

同時配信についての論理のない怯え

テレビ局はネットでも同時配信すべきかどうか。この議論はもう十数年語られてきた。表立った場としても総務省による「放送を巡る諸課題に関する検討会」で2015年から取り上げられてきた。というより事実上この会議はNHKによる同時配信を議論するためにはじまったものだ。

だがこの会議、一向に進まず何を議論する場かわからなくなっていた。同時配信を進めたいNHKと、なんとか足止めしたい民放が(いや民放のバックにいる新聞社が「民放が反対している」と報じて)攻防を繰り返し、そこへその時々の総務大臣がチャチャを入れ総務省はあたふたしてまとめられず議論が迷走した。

なぜ新聞に後押しされた民放が反対するか。ネットで同時配信を始めたらテレビ視聴を奪われると、彼らが思い込んでいるからだ。ローカル局上層部の間ではとくに反対の声が強かった。ひどい言い方をすると、文明に接した未開人が新技術を「あれは悪魔だ、魂を奪われる」と迷信を吹聴しているのと変わらない。そこにはまったく論理性はなく、実証もなく、ただひたすら新しいものに怯えている。

この秋も、あるローカル民放の人々が集まる場で同時配信について話すことになっている。キー局が同時配信を始めることに不安を感じる人が多いからだそうだ。いつまで迷信に怯えているのかと思う。

8月にも似たようなことを書いた。キー局が同時配信を始めてもローカル局のテレビ視聴に影響は出ない。

具体的に想像する、同時配信の利用シーンその1

同じ話にはなるが、ちょっと図を作ったのであらためて説明したい。

同時配信と家族1

福岡県(私の出身地なので選んだ)に住む家族がいる。高校生のお姉ちゃんは塾に出かけている。残りの家族はテレビを見ている。日テレ系列のFBS福岡放送で「イッテQ」を見ているのだ。そこへ塾が終わったお姉ちゃんが帰宅する。彼女は帰りの電車の中で同時配信で、つまり日テレのサービスで「イッテQ」を見ていた。

この場合、キー局の同時配信によってローカル局は視聴を奪われただろうか?考えるまでもない。FBSの視聴率にはまったく影響がない。ただ、家族の一人が、同時配信なしではテレビ視聴できなかったところを、テレビに接触できた。ローカル局の数字は足されないが、テレビ全体としてはわずかながら視聴がプラスになった。

このあと、家族はどうしただろう?おそらく、そのままFBSで「イッテQ」を見続けただろう。お姉ちゃんがスマホで見ているのを見て、「おお、スマホで見れるならそっちの方がいいねえ」とは100%ならない。可能性としてあるのは、お父さんが「その手があったか。実は大河が見たかったのだ」と、自分のスマホでNHKプラスの「青天を衝け」を見始めることだ。それでもFBS「イッテQ」がついているメインのテレビはそのままだ。

ネットでテレビが観れるとわかっても、テレビ受像機を消してまでネットで見たりはしないのだ。

具体的に想像する、同時配信の利用シーンその2

夜9時になったので、家族は今度はRKBで「日本沈没」を見始めた。帰宅したお姉ちゃんは「勉強する」と言って自室に入った。だが彼女は勉強机でスマホを使って日テレの同時配信で「行列」を見始めた。

同時配信と家族

ここでもテレビでの視聴には何の影響もないのがわかるだろう。

それより、ここで重要なのが「自室のお姉ちゃん」のメディア行動だ。昔は子供部屋にテレビがあったものだが、いまの子供たちは部屋にテレビが欲しいとは言わない。スマホやタブレットのほうがいいからだ。同時配信がないとお姉ちゃんはテレビ番組に接触しないだけだった。だが同時配信をすることで、上のような状況になる可能性が出てくる。あくまで可能性で、同時配信を始めたら若者たちが一斉に自室でテレビをスマホで見るわけではないわけだが。

お姉ちゃん以外の家族が延々同じ番組を見続けるのも都合が良すぎで、いまはもっと各自が勝手なメディア行動をしている。だがいずれにせよ、テレビの同時配信は既存のテレビ視聴は侵さないことは理解してほしい。むしろ、通学時や自室にいる時のような「テレビがない」場所でもテレビを見る可能性を生む。その時間は僅かでスキマではあるが、スキマにテレビが選ばれる可能性がないよりあるほうがずっといいはずだ。

テレビをスマホでも「メディア」にするのが同時配信

だが今度は、こんな声が聞こえてきそうだ。スキマの分が増えるだけなら、大きなビジネスにならないだろう。それなのになぜ同時配信をやる必要があるんだ。

そう、なぜ同時配信をやるべきなのか。その本質的な議論と答えが共有されていない。そこがこの議論の最大の課題だと思う。

これについての私の答えは、「テレビはネットで見られると多くの人が認識している状況にすべきだから」だ。そして「そうならないと、テレビはネットではメディアではない」からだ。

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