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映画「リアルペイン〜心の旅〜」誰かに振り回されているあなたに

ジェシー・アイゼンバーグが好きだ。
映画「ソーシャル・ネットワーク」ではFacebookの創業者マーク・ザッカーバーグを演じた。内向的で不敵なオタク青年として描かれたザッカーバーグをまるで本人のように演じて評価された。当時、Facebookに入ったものの何をどうすればと戸惑っていたら、人びとが一斉に流入して活性化した。それほど影響力があった映画だ。
他の映画でもジェシーは人付き合いの下手なオタク青年を演じてきた。「アドベンチャーランドへようこそ」「ゾンビランド」「ピザボーイ史上最凶のご注文」オタクが市民権を得た2010年代、彼の人気も上昇し主演作が増えた。「グランドイリュージョン」では世界最高のイリュージョニストを演じ、ちょっとカッコよすぎに感じた。「エージェントウルトラ」では凄腕のスパイでジェシーっぽくないなと思った。DCコミック映画でヴィランを演じて酷評されたのは彼のせいではないだろう。そんな役は似合わないのだから。現実にわりとそこいらにいる、不器用な青年が彼なのだ。そして自分の中にも不器用なオタクがいるから誰しも共感する。
「リアルペイン」は久々にジェシーらしい役柄だ。そりゃそうだ、自分で脚本を書き自分で演出して主演した作品で、ジェシー・アイゼンバーグらしさが最大限に生きている。
設定は日本人には少々掴みにくい。主人公のデビッドと従兄弟のベンジーは少し前に大好きな祖母が亡くなり、彼女が生まれたポーランドを訪ねるためにツアーに参加。祖母はナチスの迫害から命からがら逃れて米国に移住した。ツアーには同様にポーランドにルーツを持つ人びとが。一人だけ黒人がいて、彼はルワンダの虐殺を逃れて米国に来て、ユダヤ系コミュニティに救われユダヤ教に改宗した。ナチス迫害を引きずるユダヤ系の人びと、というのも縁遠いし、ましてやルワンダでの虐殺はニュース上の出来事だ。そんな人びとが一緒にポーランドを回るツアーという設定は理解しにくいが興味深くもある。ただのロードムービーではないことが最初にわかってくる。
ただ物語の主眼は、デビッドとベンジーの関係にある。デビッドはネット広告の仕事(ジェシーにぴったり!)に従事し美しい妻と可愛い息子がいる。ベンジーは独り身で定職に就いてない様子。
デビッドは常識人だがベンジーは感情の起伏が激しく、時には陽気にみんなを巻き込み楽しくさせるが、時には極端な不満を述べてみんなから疎まれる。ただ、その不満は一定の理もあるのだが。そんなベンジーを受け入れるツアーの人びとは優しい。
デビッドはそんなベンジーに振り回されウザがっている。それでも面倒は見るし、心の底では自由に振る舞うベンジーに憧れてもいる。自分よりおばあちゃん子だったベンジーを心配し、彼の心の奥底の悲しみを知っている。このツアーを調べて誘ったのも彼のほうだ。
思い返すと、この映画は大きな事件が起こるわけではない。やや疎遠だった従兄弟同士が祖母の故郷にグループで旅して帰ってくるだけだ。NYからポーランドに行きNYで終わる。それでも心に残るのは、ポーランドでのユダヤ人の歴史と虐殺に触れる痛みと、二人の奇妙な関係への共感だ。
だって、きっとあなたにもいるはずだ。自分を振り回す誰かが。一緒にいると何度もイラッとし、もうこいつとは縁を切ると決心するのに、そいつの弱さに触れると何かしてあげたくなる。言いたいこと言えるあいつは羨ましいと思ったりするけど、同じようには決して振る舞いたくない。なんでいつも自分が振り回される側なんだよと愚痴りながら。
そういうやつがいる人は、この映画を見るといいと思う。見たらあいつを許したくなるかもしれないけど、許す必要なんかないからね!

欧米でのユダヤ人の存在感はいつもよくわからない。「ベニスの商人」では金儲けしか興味のない悪役だ。一方、各国にそれなりの人数が暮らして時に迫害される。ナチスがユダヤ人をあれほど虐げたのは何だったのか。
ポーランドでは16世紀から続いたユダヤ人街の跡を訪れる。門で隔てられ独自の大きな街を形成していたらしい。そしてナチスによる虐殺の痕跡がはっきり残る収容所。その残虐さが伝わり鎮痛な気持ちになる。国土を失っても存続した民族、というのが私たちには理解しにくいが、虐殺も含めて民族共通の記憶を保ち続けているのだとはわかる。
そのことと、正反対の性格の従兄弟を描くことの関係は説明できない。でも二人を描くのに重要な設定であるのは間違いない。
ベンジー役のキーラン・カルキンは「ホームアローン」のマコーレー・カルキンの弟であの映画にも出ていたそうだ。見たことあると思ったらドラマ「メディア王」のローマン役だった。非常識な弟の設定で、ベンジーとちょっと似てる。これから注目されるんじゃないかな。

追記
この映画についてTBSラジオ「アフター6ジャンクション」で宇多丸さんが語った批評がVoicyにあって、とても参考になるので聴いてください↓すごく深くて、自分の見方の浅さが恥ずかしくなる。
デビッドとベンジーの服の色、途中ものすごくゆっくりクローズアップするカット、ルワンダ生まれの青年がいる意味などなど、気づかなかった点を多々教えてもらえる。もう一度見ようかなあ。
real painには言葉通りの意味とは別に、面倒くさいヤツ、厄介者の意味もあるそうだ。これもこのVoicyで知った。

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