2024焦点・論点 後半国会の重要法案 地方自治法改定案の危険性自由法曹団 弁護士 田中隆さん〜すべてがNになる〜


2024年5月2日【3面】


国に強権付与「指示権」拡大 地方分権から「集権」へ逆行

政府は今国会で地方自治法改定案の成立を狙っています。災害や感染症など「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」が起きた際の「特例」を設け、国が地方自治体にさまざまな指示を出せるよう権限を強化するというもの。連休明けにも審議入りが狙われています。法案の危険性について自由法曹団の田中隆弁護士に聞きました。(中野侃)
 ―国による地方自治への不当な介入との批判があがっています。
 地方自治を保障する憲法は「地方自治の本旨」に基づく自治を要求しています。「地方自治の本旨」とは、自治体が政府から独立した機能を持つ団体自治と、住民の意思に基づいて行われる住民自治です。国が指示権を行使し、これに介入することは地方自治の破壊であり違憲の改定だと言わざるを得ません。
 2000年に施行された地方自治法改正により、自治体の事務は国が本来果たすべき仕事を委ねる「法定受託事務」と、それ以外の自治体が担う「自治事務」に二分されました。法定受託事務は限定的に国の指示権を認めていますが、自治事務については国は要望は出せても指示はできない。これが「地方分権改革」の基本です。
 当時の「地方分権改革」は、かなりの事務が法定受託事務とされたことや自治体の財源が削られて機能が弱められたなどの問題はありましたが、基本的には国と自治体の関係を「上下・主従」から「対等・協力」に改めようというものでした。ところが今回の法案は、法定受託事務と自治事務の関係を無視し、地方自治のあらゆる事務に対して国が指示権を行使できるようにするものです。「地方分権改革」への逆行であり、「分権」から「集権」への逆流です。
 ―政府は新型コロナウイルス感染症や自然災害への対応を口実にしています。
 第33次地方制度調査会(首相の諮問機関)の答申では、コロナや大規模災害の際に「個別法が想定しない事態」があったことを指摘し、国が「必要な指示」を行うことができるようにすべきだと提言しています。
 大災害やコロナの時に対応の立ち遅れがあったこと自体は否定できません。しかし、その混乱は国に指示権がなかったからか。指示権があったら解決したのか。実は具体的な事例は何一つ示されていません。
 災害と感染症はかなりの部分を現行法でカバーできています。
 災害対策基本法では緊急災害対策本部長すなわち内閣総理大臣の権限として、地方自治体も含めた公共機関に対し「必要な指示ができる」と定めています。感染症予防法も、厚生労働相が感染症の発生の予防やまん延防止のために、都道府県知事が行う事務に関し「必要な指示ができる」としています。
 具体的な立法事実もなく、加えて個別法で対応可能なのになぜ法改定の必要があるのでしょうか。
 ―改定案で認められる指示権には限定がなく、武力紛争(戦争)や内乱・テロなどの事態の下での発動も除外されていません。「戦争する国づくり」のために乱用される危険はないのでしょうか。
 改定案では、指示権発動の場面は「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合」としています。「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」という規定そのものが抽象的ですが、その上「おそれがある場合」となれば、その範囲は際限なく広がります。
 「武力攻撃事態」に対処するための自治体や国民の動員を定めた有事法制(事態対処法、国民保護法等)では国の自治体に対する指示権を一定認めていますが、その範囲は避難・誘導・救援と港湾・空港の利用に限定されています。指示をするには自治体との相互調整や意見申し出の手続きを経なければなりません。
 しかし、ここに指示権の拡大が加われば、自治体の意見を聞かずに有事法制では認められていない広範な指示を出すことが可能になります。例えば、自衛隊の補給の手伝いや施設の防火などに自治体や地方公務員を動員することは十分あり得ます。また、具体的な武力攻撃が起きていない「おそれ」の段階でも指示が可能なので、「台湾有事」などのおそれの下で「軍事基地の強化に協力する措置」すら指示できることになりかねません。
 いま沖縄県では、米軍辺野古新基地建設の問題で県民の民意を踏みにじる代執行が強行されています。現行法制下においてすら自治体と住民の民意が無視されているのですから、改定案が通ればさらに強権的に基地建設が推し進められるのではないかとの不安や懸念が自治体や県民から表明されるのは当然だと思います。
 ―自民党の改憲草案で掲げられる「緊急事態条項」の先取りだという指摘もあります。
 2012年の自民党の「改憲草案」では、外部からの武力攻撃などにより緊急事態宣言が発せられた時には、国が「自治体の長に対する必要な指示」を出すことを認めています。今回の法改定は、この中身を明文改憲なしに地方自治法に持ち込んでいます。
 この改憲草案ですら緊急事態宣言には「事前又は事後に国会承認」が必要としています。今回の法改定は国会承認を全く必要としていません。しかも、緊急事態宣言が発出できない「おそれ」の段階から指示を認めます。憲法改定でしかできないものを、より要件を緩やかにして一般法の改定でやってしまう。一般法と憲法の地位が逆転することになりかねません。
 今回の改定は法律のあり方として間違いだと思います。万が一、法律の想定を超える事態が起こったならば、その現実に向き合って考え、模索し、その経験を盛り込んで法律を改正していく。これが立法のプロセスです。
 それを放棄し、最終的には政府が指示を出すということにしてしまえば、よりいい法律を生み出そうという努力やインパクトは失われます。最後に残るのは強大な政府の権力のみです。立憲国家、法治国家を否定するものであり、法律家として廃案を求めます。
 たなか・たかし 1978年から弁護士。元自由法曹団幹事長。政治改革や戦争法制等に関与し、近時は明文改憲問題に対応。著書に『検証 小選挙区制』(新日本出版社・共著)、『有事法制がまちにやってくる』(自治体研究社)など。

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