2024焦点・論点 いまだから考えるマイナンバー制度自治体情報政策研究所代表 黒田充さん〜すべてがNになる〜
2024年11月13日【3面】
「保険証を残せ」の運動とともに個人情報保護制度求める世論を
現行の健康保険証からマイナンバーカードの保険証(マイナ保険証)への本格移行まで3週間を切りました。ところが、マイナ保険証の利用率は、わずか13.87%(9月)。医療機関の窓口ではマイナンバーカードを使わない人は現行保険証や「資格確認書」、子ども医療費助成などの書類も入り乱れ、混乱は必至です。なぜ国は国民にマイナンバーカードの使用を押し付けるのでしょうか。自治体情報政策研究所の黒田充代表に聞きました。(土屋知紀)
―マイナンバー制度を強要する狙いは何でしょう。
さまざまな個人情報を収集・名寄せし、コンピューター上などで仮想人物像をつくり出し、ある基準で評価、分類、選別、等級化(スコアリング)や排除することを「プロファイリング」といいます。
例えば、保険会社が健康診断の結果から病気の可能性を予測し生命保険料を査定することや、健康管理のできない人の社会保険料を引き上げることが可能です。また、企業が個人のネット閲覧や購買履歴から将来のふるまいや所得、趣味を予測し、人物を評価できます。警察など治安機関が、ある個人のSNSの投稿からテロの可能性があると判断し、航空機の搭乗を断ることなども可能です。
マイナンバーはプロファイリングを実現する上で最適な仕組みです。個人情報が企業の「もうけのタネ」となり、社会保障の給付削減、徴税強化が一体でできるようになります。
―集められた個人情報はどのように使われるのでしょう。
マイナ保険証を利用するには、政府のオンラインサービス「マイナポータル」を使って、利用登録を自身で行う必要があります。マイナポータルでは、自分の医療や健康、介護や所得、税金など、さまざまな個人情報が閲覧できます。これらの情報は、マイナ保険証のシステムやマイナンバーを使って国の行政機関や自治体、日本年金機構、健保組合などから集められるものです。
マイナポータルは表示された個人情報を自らの意思で民間サービス等に提供できる機能を持っています。
企業等が個人情報を取得するには法律上、本人同意が必要です。その同意を得る仕組みとして、マイナポータルが使われるのです。
まだ一部ですが、大手生命保険会社はマイナポータルから得た健診情報で生命保険料の査定をしており、金融機関は所得情報を融資の審査に使っています。
マイナ保険証の使用の強要は、マイナポータルを使ったプロファイリングへと道を開くものです。
また、国は生活保護受給者の医療費を削減するためにマイナ保険証のシステムを“頻回受診”の把握に使う計画も進めています。
さらに、マイナンバーカードを活用した「官民共同利用型キャッシュレス決済基盤」を使えば、今後、「民」が集める行動や購買の履歴などの個人情報と「官」が持つ個人情報を合わせた詳細な個人評価のための「信用スコア」を算出できます。
―個人の思想・信条にまで利用されると聞きますが。
プロファイリングにより、企業や国の利益にかなう方向に個人が誘導されます。例えば、スマホやパソコンで何かを検索した時、検索結果を個人の思想や嗜好(しこう)に応じた形で出すことも可能です。自民党支持者なら、それを補う情報が画面に自動的に示されるといった具合です。実際、2016年の米大統領選挙では当時の英国ケンブリッジ・アナリティカ社(CA社)は、フェイスブックから得た個人情報を不正利用し、選挙で共和党の支持者を増やし選挙結果を左右したと報じられました。
労働者の雇用管理でもプロファイリングが行われています。
米国では従業員の得手・不得手や趣味、感情などの情報を収集し、それをもとに配置や解雇、昇給の検討に使う企業があります。
日本の一部の企業でも、スマートウオッチなどのウェアラブル端末で従業員の血圧や心拍数、発汗などの健康状態を管理し、作業効率を上げる指示を出すなど、労働強化の手段となっています。
―総選挙結果を受け、求められることは。
自公政権が衆院で少数与党となり、主要野党は「健康保険証を残す」と公約しました。選挙で示された民意を踏まえ、政府は現行保険証を残す決断をすべきです。
12月2日は目前です。医療現場の窓口でマイナ保険証のシステムが正常に稼働しない恐れが十分あります。当面の対策として、マイナンバーカードを持つ人も含め、国民全員に無条件に「資格確認書」を交付するのはどうでしょう。法改正は必要ありません。そのうえで、国会でマイナ保険証の問題点だけでなく目的についても十分に議論し、元の健康保険証に戻すよう法改正すべきでしょう。
また、マイナ保険証の利用登録の解除も可能となりましたが、書類の提出が必要など手続きは煩雑です。オンラインで簡単にできるよう改善すべきです。
デジタル社会では、何らかの形で企業や行政に個人情報を提供せざるを得ないのが実態です。しかし国民は、提供情報がどう使われたか知るすべがなく、日本にはプロファイリングを民主的にコントロールする制度もありません。
現在、個人情報保護委員会は、個人情報保護法の3年ごとの見直しに向けた検討を進め、悪質な違法行為を行う企業に課徴金を課す制度の導入などを検討しています。経団連などの財界側委員が猛反対し、消費者団体や良心的な弁護士、大学教授らと激しく対立しています。
個人情報「保護」を邪魔者扱いする姿勢ではいけません。
欧州連合(EU)の個人情報保護法である一般データ保護規則(GDPR)はプロファイリングされない権利を明記しています。
「健康保険証を残せ」の運動を広げるとともに、GDPRのような個人情報保護制度を求める世論を、今こそ強める必要があります。
くろだ・みつる 大阪市生まれ。著書に『あれからどうなった?マイナンバーとマイナンバーカード 待ち受けるのはプロファイリングと選別』『何が問題か マイナンバーカードで健康保険証廃止』など多数。