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静かで忙しく道を渡る

朝起きて鏡を見れば、顔が丸くなっていた。
着替える際にまた鏡を見れば、腰のくびれの見分けがつきにくくなり、横から見てみれば下腹部が膨らんでいた。
おでんの翌日あるあるだ。

おでんで増えた分を消化しようと買い物へ出かけた。
今年もあと2日を残すばかりである。
外には人がたくさん出歩き、忙しない雰囲気があった。

正月用の酒を買うために、住宅街の中にあるという老舗の酒屋へ向かった。
住宅街と言っても、住居と事務所が一緒になったお宅が多く、閉まったシャッターには「迎春」のポスターが至る所に貼られていた。
住宅街は静かだ。
人が歩いていても、軒先で洗車をしていても、既に酔っているのであろう若いお父さんと子どもが遊んでいても、それらの音は全て静かな中で響いていた。
正月という特別な時期が尚更静けさを生じさせているのかもしれない。
クリスマスみたいにジングル鳴るベルもなければメリー歌う音楽もない。
名残惜しさが残る26、27日はまだ喧騒もあるが、30日にもなればすっかり日本的な静かなイベント事へと移行するようだ。

誰も彼もが忙しなく動き、物を買い、運んでいる。
車を少し走らせた所にある有名な神社では人がごった返していて、信号待ちで車内から人混みを覗いていれば、左折車がバイクに追突する瞬間を目撃してしまった。
幸い怪我人はいなかったようだが、急いでいたのだろうなと気の毒に思う。

その後も信号待ちになると普段見かけないような光景を多く目にした。
左右2車線の大通りの、中央線側に停まった車の助手席から突然中年女性が降り、反対車線を横切って歩道へ上がりどこかへ行ってしまった。
別の場所では左折待ちで停まったミニバンからスライドドアが開き、小学生の男の子が飛び出してきた。
こちらが驚いていると再びスライドドアが開き、もっと小さな男の子が飛び出そうとしたのだが、その瞬間車線左側を走ってきた自転車とあわやとなり、自転車が止まってくれたからいいものの、何事もなかったかのように少年は満面の笑みで改めて飛び出していった。
車と向かう方向が同じだったためその後を見たのだが、自宅が左に曲がってすぐのマンションだったようだ。
マンションの車の入り口では2人の子どもが大喜びで入ってきた車を歓迎して走り回っている。
兄弟だろうか、久しぶりに会った従兄弟だろうか、正月という特別な時間が開放的にさせたのかもしれない。
あまりに危険で私は目をつむるしかなかった。

横断歩道のない場所を横断する人は普段から見かけるが、今日はいつもに増して多かった。
親子、杖をつくご老体、店員など。
一番印象的だったのは、前の車が停まり、うちの車はまだ動いているのに前を横切る20代女性だ。
髪は長くさらさらで、全身黒い服を着て、手元には黒いバッグと黒いコートを持っている。
颯爽というふうに一切の躊躇いなしに横切って行くのだが、その表情はツンとしていて目はキツく、口元はへの字に結ばれていた。
仕事帰りという雰囲気で、機嫌でも悪かったのかも知れないが、そのあまりの無敵さに呆れつつも、確かにあの年代は無敵だったなと、特有の感覚を思い出させられた。
若く、仕事もあり、恋をし、未来の可能性は広く、無責任で自由だった。
あのエネルギーに満ちた年代は怖いものなんてなかった。
怖いのは孤独と予定のない週末くらいだったように思う。

時間というものほど老若男女問わず平等なものはない。
等しく誰にも正月はやってくるはずなのだが、そこに至るまでには静かで忙しい時を過ごす。
思い残しがないように年内に動く必要があるのだろう。
どうか怪我などなく、みんなが正月を迎えられるといい。
だから急いでいても、交通ルールは守って過ごしてもらいたいと思う。

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