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ヤンサの雨音


雨季の訪れとともに、ヤンサの町は静かな佇まいを見せていた。灰色の空から降り注ぐ雨粒が、瓦屋根を叩く音が心地よいリズムを刻んでいる。川べりの柳の枝が、風に揺られてしなやかに踊っていた。

その川のほとりに建つ古びた茅葺屋根の家。そこに住むナマズオ族の若者、ギョシンは、大きな窓から外の景色を眺めていた。彼の頭には×字の傷跡が、雨の日に少し疼いていた。

「うぺぺ...今日も雨だっぺな」

ギョシンは長い髭をしごきながら、ため息をついた。彼の赤い前掛けには、昨日の祭りの準備で付いた泥の跡がまだ残っている。首元の黄色い鈴が、小さな音を立てた。

「オイラ、こんな日は何をすればいいんだっぺ?」

そう呟いたギョシンの耳に、急に激しい足音が聞こえてきた。玄関の戸が勢いよく開き、ずぶぬれになったセイゲツが飛び込んできた。

「ギョシン!大変だっぺ!」

セイゲツは興奮のあまり、普段は意識して使わない方言が口をついて出た。

「何だっぺ、セイゲツ?そんなに慌てて」

「ギョドウが...ギョドウが借金取りに追われているんだ!今すぐ助けに行かなければ」

ギョシンは驚いて立ち上がった。「うぺぺ!どこにいるんだっぺ?」

「クガネの市場だ。早く行こう!」

二人は雨の中を駆け出した。ヤンサの石畳の道は雨で滑りやすくなっていたが、ナマズオ族特有の身体能力を活かして、二人は軽々と走り抜けていく。

市場に着くと、そこではギョドウが借金取りたちに囲まれていた。彼の顔には焦りの色が浮かんでいる。

「おい、ギョドウ!もう逃げられねえぞ!」

借金取りの一人が叫んだ。ギョドウは後ずさりしながら、「ち、ちょっと待ってくれっぺ。もう少し時間をくれれば...」

その時、ギョシンとセイゲツが割って入った。

「そこまでだっぺ!」ギョシンが叫ぶ。

セイゲツは冷静に状況を分析し、「諸君、暴力は問題の解決にはならない。話し合いで解決しようではないか」と提案した。

借金取りたちは一瞬たじろいだが、すぐに態度を硬化させた。「お前らも仲間か?邪魔するなら承知しねえぞ!」

ギョシンは目を細め、「うぺぺ...やるしかないっぺな」と呟いた。彼はヒレを前に伸ばし、電気を放出し始めた。青白い光が雨滴の中で輝き、周囲の空気がパチパチと音を立てる。

「な、何だこいつは!」借金取りたちは驚いて後ずさりした。

その瞬間、ギョシンは電撃で強化された腕力で銛を振り回し、目にも留まらぬ速さで3連続の刺突を繰り出した。借金取りたちの武器が次々と弾き飛ばされていく。

「うおおっ!」借金取りたちは恐れをなして逃げ出した。

雨の中、静寂が戻ってきた。ギョドウは肩を落とし、「ありがとうっぺ...助かったっぺ」と小さな声で言った。

セイゲツは眉をひそめ、「ギョドウ、一体どうしてこんなことになったんだ?」

ギョドウは顔を背け、「俺...最近の詐欺がうまくいかないっぺな...」

ギョシンは首を傾げた。「うぺぺ?詐欺って...そんなことしてたのかっぺ?」

セイゲツは深刻な表情で言った。「ギョドウ、君の才能をそんな方向に使うべきではない。我々には他にもできることがあるはずだ」

その時、雨の中を歩いてきたヒレ影が見えた。それはギョリンだった。

「ボク、聞いたっぺよ。ギョドウの借金の話」

ギョリンは傘を畳みながら近づいてきた。彼の目には決意の色が宿っている。

「ボク、ギョドウの借金を肩代わりするっぺ」

全員が驚いて声を上げた。「えっ!?」

ギョリンは続けた。「でも条件があるっぺ。ギョドウ、君はもう詐欺なんかやめて、ボクの店で働いてほしいっぺ。君の才能、正しい方向に使えば大きな利益を生み出せるはずだっぺ」

ギョドウは目を丸くした。「俺が...お前の店で?」

セイゲツが付け加えた。「それは素晴らしい提案だ。ギョドウ、君の才能は確かなものだ。それを正しく活かせば、きっと成功への道が開けるはずだ」

ギョシンも頷いた。「そうだっぺ!みんなで助け合うのが大切だっぺ」

ギョドウは黙ってうつむいていたが、やがて顔を上げた。その目には涙が光っていた。

「みんな...ありがとうっぺ。俺、やり直すっぺ」

雨は静かに降り続いていたが、四人の心の中では晴れ間が広がり始めていた。

「よし、じゃあこの雨が上がったら、みんなで祝杯を上げようっぺ!」ギョシンが提案した。

「そうだな。でも、その前に...」セイゲツが言葉を続けた。「ギョシン、君の家で雨宿りさせてもらおうか。このままずぶ濡れでは風邪を引いてしまう」

みんなは顔を見合わせ、笑い声を上げた。

「うぺぺ!そうだっぺな。みんな、オイラの家に来るっぺ!」

四人は雨の中を、ギョシンの家へと向かった。途中、ギョシンは電気を放出して、みんなの体を温めた。

ギョシンの家に着くと、彼らは濡れた服を脱ぎ、暖かい毛布にくるまった。ギョシンは台所へ向かい、熱い泥水を湯呑に準備し始めた。

「ねえ、ギョシン」ギョリンが呼びかけた。「ボク、思うんだけど...この雨の日、みんなで何か楽しいことできないっぺか?」

セイゲツが眉を上げた。「そうだな...雨の日の過ごし方か。これは興味深いテーマだ」

ギョドウも加わった。「俺も...何か楽しいこと考えたいっぺ」

ギョシンは熱い泥水を運んでくると、「うぺぺ!オイラにいいアイデアがあるっぺ!」と目を輝かせた。

「みんなで雨にちなんだお祭りを考えるっぺ!」

セイゲツは興味深そうに聞き入った。「雨にちなんだお祭り?それは面白い発想だな」

ギョリンも目を輝かせた。「そうだっぺ!雨の日だからこそできる楽しいことを考えよるっぺ!」

ギョドウも少し興奮気味に言った。「俺も何かアイデア出せそうだっぺ」

こうして、四人は雨の音を BGM に、新しいお祭りのアイデアを出し合い始めた。

ギョシンが言った。「まず、雨を楽しむっぺ!雨の中を歩くレースとか...」

「そうだな」セイゲツが付け加えた。「雨粒の大きさを競うコンテストはどうだろう?顕微鏡で観察して...」

ギョリンが興奮気味に言った。「雨粒アートも面白いかもしれないっぺな!雨粒を使って絵を描くんだっぺ」

ギョドウも思いついた。「雨音の演奏会とか...色んな屋根の上で雨の音を聴き比べるっぺ」

アイデアが次々と飛び出し、部屋は活気に満ちていった。外では雨が降り続いているが、部屋の中は暖かく、友情で満たされていた。

「うぺぺ!みんな、すごいアイデアだっぺ!」ギョシンは嬉しそうに言った。「これを形にするっぺ!」

セイゲツが冷静に言った。「そうだな。でも、準備には時間がかかるだろう。今日のところは、このアイデアを温めておこう」

ギョリンが提案した。「そうだっぺな。今日は雨の中、みんなでここでゆっくり過ごすっぺ。ボク、お菓子作りが得意なんだっぺ。みんなで作ってみるっぺ?」

「それはいい考えだ」セイゲツが同意した。「料理は化学反応の連続。とても興味深い」

ギョドウも元気よく言った。「俺も手伝うっぺ!」

こうして、四人は台所に集まり、お菓子作りを始めた。ギョリンが指示を出し、セイゲツが正確に材料を量り、ギョドウが器用に生地をこね、ギョシンが電気の力で温度管理を行う。

しばらくすると、甘い香りが部屋中に広がった。

「うぺぺ!いい匂いだっぺ!」ギョシンが嬉しそうに言った。

ギョリンが笑顔で言った。「ボクたちの友情の味がするよ」

セイゲツも珍しく興奮して、「これは...素晴らしい出来栄えだ」と言った。

ギョドウは黙って一口齧ると、「うまいっぺ...」とつぶやいた。その目には、小さな涙が光っていた。

四人は出来上がったお菓子を囲み、雨の音を聴きながらゆっくりと時間を過ごした。話題は尽きることなく、笑い声が絶えない。

夕方になり、雨がやんできた頃、ギョシンが窓の外を指さした。

「見るっぺ!虹だっぺ!」

みんなで外に出ると、空には大きな虹がかかっていた。雨上がりの空気は清々しく、町全体が生き返ったようだった。

ギョシンは深呼吸をして言った。「うぺぺ...雨の日も悪くないっぺな」

セイゲツが頷いた。「そうだな。雨は新しい始まりの象徴でもある」

ギョリンも加わった。「ボクたちの友情も、この雨で洗われて、もっと強くなった気がするっぺ」

ギョドウは黙って空を見上げていたが、やがて小さな声で言った。「俺...みんなと一緒にいられて幸せだっぺ」

四人は肩を寄せ合い、虹を眺めながら立っていた。ヤンサの町に、新しい朝が訪れようとしていた。

そして、ギョシンの頭の中では、次の祭りのアイデアが芽生え始めていた。雨の日の過ごし方を、もっと楽しいものにする祭り。きっと、町中の人々を笑顔にできるはずだ。

「よーし、次の祭りの準備を始めるっぺ!」ギョシンが元気よく叫んだ。

みんなで「おー!」と声を上げ、新しい冒険への第一歩を踏み出した。

ヤンサの町に、また新しい物語が始まろうとしていた。

(おわり)

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