空の上のミモーヌと他の国【童話】

高い高い雲の上のお話です。
雲の上には、小さな帽子をかぶった小さな白い毛玉たちが住んでいます。名前はミモーヌといいます。
頭の上にはちょこんと緑色の帽子をかぶり、小さな手足をころころと転がしながら、あっちへゆらゆらこっちへゆらゆらしています。
自由気ままに遊んでいるように見えますが、実はとても、自由気ままに遊んでいます。
いえいえ勿論ただ遊んでいるだけではないのですよ。 とてもとても大事なしごとをしているのです。
お天道様が沈み、お月様が顔を出している間、 毛玉を一斉に広げ始めて風に乗り、寝ている私たちの元へやってくるのです。
窓から私たちがぐっすりと眠っているか確認して、おなかを出して寝ていたらこっそりお布団をかけてくれたり、眠れない子供がいたらうとうとする魔法を掛けてくれます。
ミモーヌたちは小さな鏡の欠片を持っています。いつも肌身離さず持っていて、そっと取り出すとあなたたちの皮膚にあてがいます。
ものの3秒ほどで毛玉袋に戻すとミーと小さく鳴いてふるふると震えだし雲の上に帰っていきます。
夏は扇風機やエアーコントローラーの風に流されてなかなか空に帰れない子もいます。大変そうです。
そうして、空の上に帰ってきたミモーヌ達は鏡を集めはじめます。
小さな破片たちがくっついていき、大きな鏡に変化していきます。 ミモーヌの二回りも三回りもあろうかという大きな鏡です。
冷たく光っている金縁に、星の光がきらきらと反射しています。
鏡を空へ仰がせると、大きな月の姿が映りこみます。
まん丸な姿が次第に揺らいでいき、お城の姿になっていきます。
ミモーヌたちは順番に並んで鏡に飛び込んでいきます。鏡は「他の国」への入り口なのです。

「他の国」には「他の国のお城」があって中には「他の国の兵隊さん」や「他の国の召使さん」、そしてミモーヌ達が会いに行く「他の国の王様」がいます。
鏡を通ったミモーヌ達がたどり着いたのはお日様がさんさんと輝き、透き通った風の吹く大きな平原でした。どうやら「他の国」では朝のようです。
ミモーヌ達は無事に全員たどり着けたか点呼をとると、休憩をとります。ここから長いみちのりですから英気を養うのです。
毛玉袋からダイヤモンドをとりだすともしゃもしゃと たべはじめます。ミモーヌの食事は鉱石なのです。冷えるようなサファイヤや塩辛い味のするアメジストも人気ですが特に大好物なのがダイヤモンドです。 カリッとした食感とトロリとした喉越し。食べ終えた後にも感じる七色の風味。いつの日か「かに座55番星e」に行くのが夢なミモーヌ達です。

名残惜しさを感じながらも食事を終え、いざ出発します。
三日三晩草原を転がり進んでいくと三角形を奇妙に混ぜ合わせたような建物が見えてきます。マスマウス達の住処です。
マスマウスは四角形や三角形のチーズをどうやったらより美しく棚に並べられるかを常に考えている種族です。ここら一帯の草原はマスマウスの土地なので、通る時に挨拶をします。
マスマウスは数式で挨拶をします。 例えば「1+1=2」と挨拶すれば「6+7=13」と返しますし、「3×2=6」と問いかければ「8÷2=4」と返事をしてくれます。
しかし困ったことに、ミモーヌは数式がさっぱり分かりません。さっぱりです。 ですけど、予習はしてきています。本がいっぱいある建物で見た数式を覚えてきたのです。
ミモーヌ達はマスマウスの建物に行きミーとなきました。先程まで誰もいなかったのですがどこからか大量のマスマウスが現れてミモーヌの匂いをかぎ始めました。
かれこれ一時間程かがれつづけているとマスマウス達は「45×3=135」とミモーヌ達に問いかけ始めました。 さて、数学がさっぱりなミモーヌは以前見た本に描いてあった数式を地面に書き始めました。
「E=mc2」
ざわめいていたマスマウス達は静まり返り、みな唖然としています。 一人のマスマウスがふらっとどこかへいくと台形のチーズをミモーヌに差し出します。
また一人のマスマウスが円錐形のチーズをもってきました。次々にマスマウス達がチーズをわたしていきます。
マスマウスはチーズをとても綺麗に並べて積み上げていくので、ミモーヌはチーズの山に囲まれてしまいました。
ミモーヌ達は困りました。ミモーヌはチーズを食べませんし、そもそもなぜこうなったかさっぱり分かりません。 困ったミモーヌは新しい数式を書きました。
「eiπ+1=0」
静かです。まるでここに誰もいないようなそんな静かさです。 マスマウスは信じられないものを見ているような目でミモーヌを見ます。
すると大きな声でチューと鳴きました。
お祭りの合図です。マスマウスは心から感動すると、チューと鳴きます。そんな時はとてもよい事があったときなのでお祭りをします。
ミモーヌ達はみんなに担ぎ上げられて、部屋から出て、建物の周りをグルグルと回ります。
数式は分からないミモーヌでしたが、マスマウス達がミモーヌを尊敬し、感謝していること。ちゅーと鳴く声の意味は分かります。
けれども少し困ってしまうミモーヌでした。

お祭りは一日中つづきました。みんなニコニコとしていて、鼻をこすり合わせ幸せそうです。 そんなみんなを見ているとミモーヌ達は幸せでした。

次の日の朝、ミモーヌ達はマスマウスに別れを告げ出発しました。 みんなからもらったチーズはそんなにたくさんは持てないので、ひとかけらだけもらうことにしました。
草原を越えたら次は大きな川を渡ります。 この川は動きます。
何故ならこの川は大きなお魚だからです。
川の名前は流魚(りゅうぎょ)、もしくは龍魚といいます。大きな水の塊がゆったりと泳いでいるのです。
流魚を渡るには二通りの方法があります。大きなイカダでわたるか、泳ぐかです。 ミモーヌ達は泳ぎには自信があるので、泳ぐか悩んでいたのですが、一度イカダを作ってみたかったミモーヌ達はイカダを作る事にしました。
初めてする作業にミモーヌ達はどきどきわくわくしています。 ミモーヌ達が「みー、みみー」となきました。(これはミモーヌが頑張るぞと気合を入れたときの声です) ミモーヌ達は散り散りになっていきます。
あるミモーヌ達はツタを拾いに行きます。ころころと転がっていきます。
あるミモーヌ達は木材を拾いに行きます。ふわふわと漂っていきます。
あるミモーヌ達は設計図を書き起こします。もくもくと作業します。
材料を集め終わり、組み立てて行きます。
太陽が三度沈み、月が三度顔を出したころ、完成しました。

完成したそれは船でした。 とても大きな船で何千ミモーヌ達が軽々乗れる大きさです。
帆先には大きな魚の彫り物がかたどられていて、そこから綺麗な丸みをおびた船体が続いています。 船中には大きなプールがあり、(やっぱりおよぎたかったようですね。)プールサイドには日光浴ができるスペースがあります。 他にも食堂があったり、みんなで遊べるレクリエーションルームがありました。
ミモーヌ達は大いに喜び、船をひっぱって流魚に向かいます。 大体流魚のお尻あたりまで来たミモーヌは着水式を行うことにしました。
まずは流魚さんにマスマウスにもらったチーズをお供えして、祝詞をあげます。
「みー、みみー、みー」
「「「みー、みみー、みー」」」

ボシャーン!

と天まで届かんばかりの大きな水しぶきがあがりました。流魚が体を渡ってもいいよと合図してくれたのです。
ミモーヌは大きな船を押し出して水に浮かべました。
沈む様子もなく悠然と浮かんでいます。
大成功です!ミモーヌ達は嬉しくて踊り始めました。 踊りながら船に乗り込むと、帆を広げ始めます。 マストからばさっと帆が降りると、そこには巨大なミモーヌが描かれています。 風向きは良好、天気よし。いざ出発です!

帆は風をはらみ、船はぐんぐん進んでいきます。
航海は大体一ヶ月ほどの予定です。ミモーヌ達はそんな長旅をのほほほんと過ごして行きます。 日向ぼっこをしたり、ご飯を食べたり、みんなでおいかけっこをしたり。 毎日とても忙しいのです。
風が吹かない日はぜんまいを回して船を進めます。 全員のミモーヌでうんしょこらしょと巻くのです。すると船のスクリューがグルグルと回りだし、 どんどん進みます。
雨の日もあります。水面がグラグラと揺れてあっちにコロコロそっちにコロコロ転がってしまいます。 嵐の日はもっとたいへんです、みんながあっちこっちに絡まって大きなひとつの毛玉になりました。 解くのがとても大変です。
小さな手足をゆっくり動かしながら三日かけて解きました。そんなことがありながらも予定よりも短い時間でミモーヌ達は流魚を渡ることができました。
久しぶりの陸地にミモーヌ達は足元をふらつかせながらも、喜びました。
ミモーヌは流魚にお礼の言葉を言います。
「ミミー!」
すると大きな水しぶきがあがって、そこから虹が出てきました。 みんなが驚いて眺めていると虹はゆっくりときえていきました。
ミモーヌは嬉しい気分になってあっちへふらふらこっちへふらふら踊りだしました。
船を引き上げてすぐ近くにある大樹のそばに置きます。帰りも乗りますから、大切にするのです。
この後もミモーヌ達は大冒険でした。

さあ、他の国のお城へはもう目の前です。 ぎ、ぎぎぎぎ、ぎ 鈍い音を立てて城門が開いていきます。
「他の国のお城」へたどり着いたのです。 ミモーヌはうれしくてうれしくて体を弾ませ、おしくらまんじゅうをしながらお城の中へと入っていきます。
お城の中はとても広く色んな人たちがせわしなく動き回っていました。 メイドさんたちは一生懸命掃除していますし、召使さんはあちこち駆け回っています。 ミモーヌはぶつからない様に気をつけて歩いていきます。
さて大広間へやってきました、この先に「他の国の王様」がいます。 ミモーヌ達は体を毛づくろいしあった後、王様の元へと進んでいきます。
大きな大きな、とても大きな玉座に王様はいました。立派な白ヒゲを生やし、キラキラした赤色の服を着ています。「みー」ミモーヌ達は一礼し小さく、けれど力強く鳴きました。王様はミモーヌ達を眺め、微笑みます。
そしてミモーヌたちの元へやってきて優しく指の先で皆を撫ではじめました。 「みみみー」ミモーヌ達は気持ちよくて思わず鳴いてしまいます。
王様はまた微笑み、懐から小さな小瓶を渡しました。中にはキラキラ輝く液体が入っています。
ミモーヌ達は受け取ると、少しぺこりと頭を下げ、王様から離れていきました。 この小瓶を受け取るためにミモーヌは長い長い旅をしてきたのです。
さぁミモーヌ達は最後の仕事にかかります。 再び鏡を通って私達がいる世界にミモーヌは戻ってきました。 月はまだ出ています。あれだけ長かった冒険も、こちらの世界では一瞬の出来事なのでした。
ミモーヌは雲の上から顔を出すと小瓶の水を撒きはじめます。水はきらきらと輝きゆったりと降っていきます。
きらきらはベールの様に私たちが住んでいる町を覆いかぶさっていきます。
このきらきらしたものは夢の水だったのです。
この水があると私たちは夢を見れるようになります。 ミモーヌは私たちが夢を見れるように毎晩、夢の水を運んできてくれているのでした。 ミモーヌ達は夢の水がすっぽり全体を包み込んだのを見届けると、鏡をコツコツと叩いて破片を集めます。
ミモーヌ達の仕事はこれでおしまいです。しばらくの間ミモーヌ達は小さな手足をころころと転がしながら、 あっちへゆらゆらこっちへゆらゆらして自由気ままに遊んでいましたが、次第に体を寄せ合い、眠り始めました。
世界中の皆が幸せな夢を見れるように祈りながら、ミモーヌ達自身も良い夢をみれるように。
特に、おいしい鉱石をたらふく食べる夢がいいなと願いながらミモーヌ達は眠りました。
おやすみなさい。


©️2021 Handa Atsuki

いいなと思ったら応援しよう!