長く続くものを日常に:ローカルな生地や職人に着目する『OSOCU』の活動に込めた願い
服は、生きる上で欠かせない存在。ファッションとして楽しむ人もいれば、日常生活を行うために必要という理由で服を着用する人もいます。
様々なアパレルブランドから毎シーズン新作が出ている一方で、『OSOCU』は、”おそく”作る(新作にこだわらず、良いものを磨きながら長く作る)をコンセプトに掲げたブランドとして活動中です。
『OSOCU』では、地域で長年にわたって受け継がれてきた技術や素材を落とし込んだアイテムを展開。4月より『OSOCU』のこれまでの振り返りや実現したい未来、アイテムが出来上がるまでのストーリーなどをライターがインタビューしながら伝える企画「読んで知る『OSOCU』」がスタートします。
記念すべき1話目となる今回は、『OSOCU』のこれまでの歩みを振り返ります。ブランド誕生のエピソードや服に込めた思いを代表の谷佳津臣(かづお)氏が語りました。
『OSOCU』誕生の背景
『OSOCU』を運営する谷健株式会社は、創業1876年で私が6代目になります。私が入社した頃はいわゆる問屋という立ち位置で、メーカーから仕入れて小売店に卸販売をするという事業が100%でした。しかし、インターネットや物流の発達もあり、メーカーと小売店の単なる仲介になっていた状況に大きな疑問と危機感を持ちました。
そこから自分たちの存在意義について考えるようになり、ものづくりに興味を持ったのが、今思えば『OSOCU』の始まりです。
きっかけは今でもよく覚えています。2014年に、有松絞のワークショップに参加したことです。恥ずかしながら、名古屋市にも繊維業界の伝統工芸があることをこの時知りました。ここでのご縁がきっかけで『OSOCU』の前身となる『ツムギラボ』を立ち上げたのが2014年の末頃。伝統工芸を生かした製品作りをしようと考え、最初は個人活動としてスタートさせました。
とはいえ、いざものづくりを始めてみると、自分自身知らないことだらけ。繊維業界にいるものの、問屋業メインだった社内にはものづくりの知見がほとんどありませんでした。最初は仕入先からベースとなる商品を仕入れたり、知り合った縫製職人さんに製品を作ってもらったりしながら、少しずつ知識と経験を実地で増やしました。
ちなみに、最初こそ伝統工芸を活用した技術を必ず取り入れようと考えていましたが、活動をしていくうちに、伝統工芸だけに限定しない方が良いと思うようになりました。伝統工芸は国や行政が認定したもので、その基準を自分自身がはっきりと理解しているわけでも、共感しているわけでもありません。そのことに気づいてからは、それぞれの地域に根ざして長く続いているものであれば、人に会い、素材や技術を知り、取り入れてみるという姿勢になっています(もちろん全てが上手くいくわけではないですが)。
『OSOCU』の名前に込められた思い
服が作られる工程を大きく分けると、農業(綿花)→紡績(糸)→製織(生地)→加工(染色)→縫製の順になります(あくまで一例で順序が入れ替わるパターンもあります)。『OSOCU』の名称は、織り(Ori)・染め(SOme)・括り(CUcuri)の文字を繋げたものです。括りは一般的ではないと思いますが、名古屋市にある有松絞の工程の名称です。さらに、毎シーズン追われるように新作を作ることをしたくないという想いから、”おそく”作る(新作にこだわらず、良いものを磨きながら長く作る)という意味も込めています。
『OSOCU』の名称は、私一人で決めたものではありません。『ツムギラボ』の活動で少しずつ知見ができてきた2018年ごろ、個人活動から会社事業にしようとチャレンジをした際に名付けました。社内でブランド名を一緒に考えるプロジェクトを発足し、希望者を募りました。その結果、5,6人が集まり、週1程度の会議を開催。自分たちだけで考えると視野が狭くなるため、外部の方の意見を取り入れながら何度か議論を重ね、約2ヶ月かけて『OSOCU』という名称に決まりました。
現在は『OSOCU』の事業を運営する中で、縫製の一部を自社で担っています。改めて名称を考えるとすれば、縫製(NuiやNuu)を入れますね。ただ”おそく”作るというコンセプトはとても気に入っていますし、周りからの評判もいいので、今のところ変えるつもりはありません。
専門スキルを持った人たちが集まる集団へ
実は名称が『OSOCU』に決まったタイミングで、一度社内事業として取り組もうと試みましたが、失敗に終わりました。事業自体は残しておきたいと考えていたため、『OSOCU』の名前は商品に使いつつ、『ツムギラボ』としての活動を継続していました。
その後コロナ禍をきっかけに、既存事業をいくつか閉鎖し、会社事業を再編。2022年には希望した社員を1人『OSOCU』専属の社員とし、現在は社内事業として『OSOCU』の活動を進めています。
2022年7月からは名古屋市緑区有松に繋がったご縁で縫製工房を借り始め、ローカル経済や職人に着目した生産を意識した服づくりを実施。現在は専属社員1名、パート縫製職人1名、契約縫製職人2名、兼業者1名、フリーランス1名、名古屋と東京の縫製会社2社、名古屋の染色会社2社という体制で生産をしています。使用している生地は80%くらいが愛知県阿久比町の新美株式会社さんが生産する小幅の知多木綿です(2024年4月現在)。
会社組織というよりは、ビジョンを理解していただける何がしかの専門スキルを持ったメンバーの集まりという感じですね。そういう意味で、社内にはあるもののかなり異色です。
今にして思えば、なぜ『OSOCU』をやるのかというビジョンやミッションをほとんど共有しなかったのが、2018年の失敗でした。2022年以降は後述するビジョンに共感をいただける方に入ってもらうようにしています。ビジョンに共感してもらえれば働き方にはあまりこだわらないので、契約形態はかなり多様です。
人の面では大きく2つに分けて考えています。1つは職人。こちらは短時間でも稼働できるならまずはお話をしてみたいです。スキルは一定以上あれば良いですし、雇用・契約・取引と『OSOCU』と職人の関わり方は既に様々なので、自分に合う方法が見つかるのではないかと思っています。縫製や染めの分野では随時そうした面談をお受けしています。
もう1つは生産以外の分野で専門スキルを持つ人です。他業界でも活躍できる人である可能性が高いのですが、『OSOCU』にはまだ高いスキルに見合う固定給を用意出来る環境がありません。そのため、稼働時間は少ないが高時給という働き方を希望するプロフェッショナルな方と相性が良い気がしています。
服作りという分野に興味を持っている人は多いと思うので、特定スキルをもっている方が兼業・副業という形で関わる形を提案していきたいです。
現在私は、縫製作業・催事販売以外のほぼ全ての業務に関与していますが、もっと色々な方に関わってもらいたいと考えています。特に直近では広報の専門家がほしいですね。
「食の文化」から学んだローカル経済
個人的に食の業界はとても参考になると思っています。世界各国を見ても、食の文化はとても進んでいると実感します。衣食住の中でも特に地域に根差しているなと。例えば地域の飲食店を支えているのは、常連さんだと私は考えています。その人たちが何度もお店を訪れてくれるため、長くお店を続けられる。
じゃあその常連さんは誰がなるのか。それはほとんどの場合、お店の近くに住んでいる人か近くで働いている人のどちらかです。もちろん一部観光客で成り立つお店もあると思いますが、基本的にはローカル経済(地元の人のお金)に支えられていると思うんです。
同じように、ローカル経済に支えられるアパレルがあってもいいなと。服は華やかなイメージを持たれる場合が多く、大都市向けや富裕層向けのビジネスになりがちです。もちろんその選択肢もありますが、ブランドの地元でお客さんが買えないのは違和感があります。
『OSOCU』の商品は、愛知県に住んでいる方や地元を離れた方など、縁がある人が買ってくれることも多いです。地域に根ざした服が地域の方の手元に届く。そうして地元で長く続くものが他県や他国の人にも魅力的に映る。そんな流れがいいなと思っています。今後もコストで考えるのではなく、ローカルの中での生産を中心にし、かつ生産背景をオープンにすることを意識していきたいです。
『OSOCU』のビジョンに込めた思い
『OSOCU』のビジョンである「作り手と使い手が無理なく持続的に関われる社会の実現」は、2022年の末にできた言葉です。作り手側、使い手側、双方の視点で考えました。
まずは作り手側です。2022年7月に縫製工房をスタートさせましたが、すぐに相場の縫製工賃で事業を継続させることの難しさを痛感しました。商品によって工賃は変わるのですが、一例では時給換算すると800円ほどで、最低賃金を下回っていました。そのため、縫製においては作り手側の持続可能性はそもそも破綻寸前なのかもしれないと思いました。
今でも十分な還元ができているとは言えないかもしれませんが、縫製工程で1人の職人に依頼する時は時給換算で1500円程度は実現可能な金額を還元するようにしています(もちろん商品により差はありますし、作業スピードの個人差もあるのであくまで平均値でしかありません)。
染色・製織・量産工場縫製はその分野の会社との取引がメインですが、工賃はあまり交渉しません。基本的には先方の見積価格で依頼しています。
次に使い手側の視点です。所得に関係なく服にお金をかけない方や、服は好きだけど生活費の中で捻出できないという方もいらっしゃるかと思います。その一方で「良いものを長く着たい」という声もあるということは数年間の活動で確信しています。
そして、この「良い」には品質だけでなく生産者との関わりやメンテナンス、染め替え、リメイクなどのアフターフォローもあるのだと『OSOCU』を運営する中で学びました。
現状は作り手の状況が厳しい部分があるので、作り手に寄った考えになりがちですが、服は日常的に着てもらって初めて活きるもの。小規模とはいえ、買えない価格ばかりにならないようにもしたいです。
作り手に支払う工賃を考慮しつつ、使い手が購入できる範囲で価格設定をすること。”言うは易し行うは難し”で、正解はなく、バランスも難しいですが、これからも試行錯誤を繰り返していきたいと思います。
熟練ではない、普通の職人が活躍できる場を実現したい
職人には、その道の達人というイメージがあります。誰かに弟子入りして数年かけて技を磨くという方法は、今でも選択肢としてはあるのだと思います。もちろん技術を身につけて独立できれば活躍の場が広がりますが、そのレベルに達するまでの道のりが非常に険しいのも事実です。
一番の問題は、収入面です。生活が成り立たないレベルの収入が続けば、働き方に関わらず、途中で離れる人が多いのは想像に難くありません。日本は技術信仰が強い傾向があり、技術は高くて当たり前、低い人がお金をもらってはいけないという雰囲気も感じています。
もちろん安全に関わるものであればそうなのですが、服は昔は家庭で仕立てていた分野です。高い技術や品質の工場や職人さんは素晴らしいですし、世界で活躍できます。ただ、別の選択肢として、普通の人の服を普通に作る職人さんが存在できる余地もあっていいと思うんです。
最近でこそ、直接顧客とコミュニケーションできるブランドが増えていますが、BtoB間の取引ではまだまだ技術が低い=値段を下るべきという流れになる状況が多いような気がします。私はこれは一種の呪縛だと思っていて。普段の着用に支障があるクオリティは問題ですが、そうでないなら、良くないかとも思うんです。
『OSOCU』では技術の高さを売りにはしていません。熟練ではなく普通の職人さんが作っていることが多いし、そこに持続的な価値を感じるからです(※注 とても熟練技術のある工場さんでの生産もあります)。正直に言えば、思ってもいない糸切れが出たりお直しが発生したりすることも時々あるため、その都度無償修繕をさせてもらっています。お客様にはお手間を掛けることになるので、その点は申し訳ないですし、現状で甘んじて良いわけでもないので、改善は常に行っています。
生地へのこだわりや形の美しさ、縫製技術をより一層求める場合は、その価値感に見合う価格の服を購入した方が双方幸せです。そうした服作りをしているブランドさんも多くいるので、紹介することもあります。『OSOCU』は日本国内にいるそんな作り手を使い手が知る入口になれたら嬉しいですね。
職人の中には、縫製が楽しいから続けている方や自分が作った服を着用してくれる人がいることに幸せを感じる人もいて。お金を頂く以上プロである必要はありますが、スポーツと同じで階層があっても良いと思っています。賛否はありそうですが、全員がトップリーグを目指さなくても良いではないかと。上のリーグを目指さない=技術を磨かないではないですし。
だから、熟練・特別な技術がなくても、一般の人はできない服作りの技術を持った「普通の職人」が活躍できる場を、『OSOCU』を通して、作っていきたいと思っています。
『OSOCU』の公式HPはこちら
取材・文:サトウリョウタ(つむぎ株式会社)